「瞬? どうしたんだ、おまえ、顔が赤いぞ。教皇殿で起こっていることとは何だ。黄金聖闘士たちは、なぜおまえを責めているんだ。アテナの話は、そのことに関わることだったのか?」 真顔で氷河に問われた瞬が、今度は その耳までを真っ赤に染める。 「瞬……?」 「あ……」 氷河に再度 名を呼ばれて、瞬は観念したようだった。 氷河の後方に居並ぶ黄金聖闘士たちの目と耳を はばかっているのか、ひどく小さく勢いのない声で、瞬は氷河の知らない事実を、氷河に語り始めた。 「だから、それは……僕たちが聖域での宿舎として使ってる この建物には、たくさんの部屋があるでしょう? で、それらの部屋を、僕たちの他にも、自分の宮のない聖闘士や、アテナに仕えてる巫女さんたちや、聖域の行政事務に携わってる文官の人たちが使っている」 「ん? ああ、そのようだな」 「だから、控えろって」 「何を」 「何を……って、だから、この建物には、城戸邸と違って防音の設備がなくて、窓や扉も密閉されてなくて、響くから……」 「何が」 氷河は、昨夜と違って、瞬を焦らして楽しもうなどということは全く考えていなかった。 瞬が故意に省略しているように思える目的語が何なのかが本当にわからないから、素直に問い返しただけだった。 だというのに、瞬が、昨夜のベッドでのように切なげに身悶え始める。 日中 瞬のそんな姿を見るのは初めてのことだったので、頬を紅潮させ 焦れったそうに身体を小さく震わせる瞬の様子に、氷河は少々面食らった。 もっとも、今日の瞬は、昨夜の瞬ほど辛抱強くはなかったらしく、すぐに その“恥じらい身悶えるポーズ”を解除してしまったが。 同時に、瞬は、開き直ったかのように、声をひそめるのも やめてしまったのだった。 「もう、察してよ! 夜、僕が氷河のせいで あげちゃう声のことだよ。何人もの人たちから、どうにかしてくれっていうクレームが アテナのところに来たんだって。僕、もう恥ずかしくて、恥ずかしくて――」 「なに……?」 「なんだか最近、僕たちを見る聖域の人たちの目が変だとは思ってたんだけど、僕、アテナに注意されるまで全然気付いてなくて――」 「……」 頬を真っ赤に染めている瞬の瞳には、涙がにじんでいる。 元凶は白鳥座の聖闘士の行動だとしても、実際に教皇殿で起居している者たちのクレームの対象になっているのは瞬の喘ぎ声なのだから、瞬が涙ぐむのは至極当然、致し方のないことだったろう。 氷河は その時に声をあげるタイプの男ではなかった。 「それは、つまり……黄金聖闘士たちが この時刻に ここに勢揃いしているということは、まさか、黄金聖闘士たちが全員、おまえの喘ぎ声がどんなものなのかを確かめるために、夕べ ここに詰めて、聞き耳を立てていたということか? 天下の黄金聖闘士が全員? それは変態行為というものなんじゃないか?」 氷河の背後に居並ぶ黄金聖闘士たちの中の数人が、攻撃的小宇宙を燃やし始める。 瞬は、氷河の身の安全を図るため、慌てて声高に氷河を なじり始めた。 「そんなことはどうでもいいの! 全部、氷河のせいなんだからっ! 夕べは、僕、必死に声をあげまいとしてたのに、あんな意地悪して、僕の努力を無駄にするし……。みんな……みんな、氷河のせいなんだからっ!」 「……まあ、他の誰かのせいではないな。もし そうだとしたら、許せん」 「だから、そういうことじゃないんだってば!」 事態の深刻さを一向に理解してくれない氷河に、瞬が、さきほどまでのそれとは別の意味で焦れ身悶え始める。 しかし、氷河が この事態を 瞬ほど深刻に憂えることができないのは仕様のないことだったかもしれない。 何といっても、人に聞かれるのが恥ずかしい声をあげてしまうのは、氷河ではなく瞬なのだから。 「それならそうと言ってくれればよかったのに。なぜ言ってくれなかったんだ」 「それは、だって……」 今ひとつ深刻さのない氷河の素朴な疑問の前で、瞬が その瞼を伏せ、顔を俯かせる。 その質問に答えるべきかどうかを迷っていたらしい瞬は、だが、結局、自身の体面を取り繕うことを諦め、正直になることにしたようだった。 「だって、僕……そんなこと言って、氷河に 一緒に眠るのを やめようって言われるのは嫌だったんだもの……」 正直な人間というものは、その正直が悪意によるものでない限り、実に可愛らしいものである。 瞬の小声での正直な告白に、氷河は、瞬に気取られぬように微笑した。 「俺がそんなことを言うわけがないだろう。その時には、俺はちゃんと別の方策を考えたさ」 「別の方策?」 「たとえば、おまえが声をあげそうになったら、キスでその声を封じてやるとか」 氷河は、それでこの問題は解決すると、安易に考えていた。 そんなふうに簡単に解決する問題を、なぜ瞬はもっと早くに打ち明けてくれなかったのかと、疑いさえした。 しかし、この問題は、氷河が思うほど簡単に解決を見るような問題ではなかったのである。 瞬がこの問題を氷河に隠し通そうとしたのには、瞬なりの深い事情というものがあったのだった。 「それは駄目だよ。それじゃあ、根本的な解決にはならない」 「なぜだ」 「だって……僕が声をあげちゃうのは、時々じゃなくて、ずっとなんだもの。氷河がずっと僕の声を封じてくれていたら、僕、氷河に他のところにキスしてもらえなくなっちゃう……」 「む……」 瞬の指摘は、実に理に適ったものだった。 氷河としても、そんな事態は あまり歓迎できるものではなかった。 「なら、いっそ、アテナに この建物を完全防音にしてもらうというのはどうだ」 「それは提案する前に、沙織さんに却下されちゃったんだ。聖域の建物に現代建築の技術は採用したくないんだって。雰囲気が壊れるから。それに、僕ひとりが我慢すればいいだけのことのために、わざわざ そんな大掛かりなことをするのはナンセンスだって」 「……」 実にグラード財団総帥らしい答えである。 確かに、これは瞬ひとりが我慢すればいいだけのこと――つまりは、氷河が我慢すればいいだけのことなのだ。 だが、その我慢は氷河には到底できそうにないことだったので――氷河は壁にぶち当たってしまったのだった。 夜だけでも聖域を出て、現代建築技術の粋を集めたホテルを使うという手もあったが(実際、ギリシャには、そのために防音設備の施されたホテルが多かったが)、それでは聖域に敵が侵入した際、すぐに聖域とアテナを守るための戦いに就けないという弊害が生じる。 性欲と聖域を秤にかければ、それが氷河の秤でも、些少とはいえ聖域(つまりは地上の平和と安寧)の方が重かった。 「つまり、八方ふさがりというわけか」 事ここに至って初めて 事態の深刻さを理解することになった氷河が、低い呻き声を洩らす。 そんな氷河を見詰め、瞬は――瞬もまた、顔を伏せることになったのである。 二人のやりとりに聞き耳を立てていた黄金聖闘士たちの叡智(?)を結集しても、この問題の解決の糸口は見付けられないものだったらしい。 「とりあえず、根本的な解決策が見付かるまで、アンドロメダは、声のボリュームを、せめて昨夜の3分の2程度に抑えるよう、意識して気をつけるように。キグナスも、極力 アンドロメダに協力しろ。その方法は君等に任せる」 サガのその言葉で、結局 現況を解決改善するための どんな方策も提示されることなく、その場は散会――ということになった。 氷河と瞬は、 なぜ黄金聖闘士たちが |