光、光、光。
花、花、花。
地上は、素晴らしく綺麗なところだった。
とっても明るくて、温かくて、いろんな色があって、空気には花の香りが混じっている。
そこに立っているだけで、僕は 氷河に抱きしめられているのと同じくらい気持ちよかった。
実際、その時 僕は、地上の世界に抱きしめられていたのかもしれない。

地上がこんなに美しい世界だったなんて。
地上にこんな美しいものがあったなんて。
ハーデスは知っていたはずなのに、僕に見せてくれなかった――僕に教えてくれなかった。
ハーデスは自分の姿をとても好きみたいだったから、自分の髪や瞳の色に似ているものでできている冥界が好きで、地上が嫌いだったのかもしれない。
こんなにもたくさんの光であふれている世界では、ハーデスの姿は暗く沈んで、不気味で不吉なものに見えるかもしれないもの。

氷河は逆だった。
冥界では ひどく ちぐはぐな違和感を感じて、気持ち悪いとさえ思っていた氷河の姿は、光の中では素晴らしく美しく見えた。
光と同じ色の髪、地上の空と同じ色の瞳。
氷河は地上の人なんだ。
だから、こんなに地上の世界に馴染んでいて、光が似合う。
「氷河、綺麗」
って、僕が言うと、氷河は、
「おまえの方がずっと綺麗だ」
と言ってくれた。

それで僕は、ちょっと悲しい気持ちになったんだ。
僕は、氷河みたいに光に似た色でできていない。
ハーデスみたいに、すべての色を吸収して 一つところに閉じ込めたような深い色もしてないけど、氷河みたいに、すべての色を放射発散しているような色でできてもいない。
何ていうか、僕は とても中途半端な色でできている。

ああ、でも、こんなに明るいところにいたら、僕だって!
僕だって、いつかは氷河みたいに光が似合う何かになれるかもしれない。
地上の光は、僕の気持ちを暗く沈ませておいてくれなかった。
この世界は、僕の心までを 光で包んで 明るいものに変えてしまう。
なんてすごい光。
なんて素敵な光。
地上の光は、僕を作り変えてくれる光だ。

「氷河、氷河、僕、氷河のものになる。僕をずっと ここに置いて!」
僕は、自分のものとも思えないような明るく弾んだ声で、氷河にお願いした、
僕は、ずっと、この明るく暖かい場所にいたかった。
でも、氷河は、僕の願いを叶えてくれなかった。多分。
僕は氷河のものになりたいって言ったのに、氷河は、
「俺のものにならなくても、ここにいていいんだ」
って答えてきたから。

「じゃあ、僕は誰のものになればいいの?」
誰のものになれば、僕はずっとここにいられるの?
アテナ?
なら、僕はアテナのものになる。
誰でもいいよ、僕がここにいられるようにしてくれる人なら。
誰のものになれば 僕はここにいられるようになるのか、僕はそれが知りたかった。
僕は、それを氷河に教えてほしかったんだけど、氷河の答えは、
「おまえは、おまえ自身のものだ」
とても奇妙なものだった。

「え?」
それはどういうこと?
僕が僕のものだっていうのは。
それは、僕以外の誰かが、僕のことに責任を持ってくれないっていうこと?
誰も僕を守ってくれないっていうこと?
僕が僕のものだなんて、他の誰のものでもないなんて、そんなの恐いよ。
地上の人は みんなそうなの?
だとしたら、地上はなんて厳しくて寂しい世界なんだろう。
地上は、こんなに明るくて綺麗なのに。
僕は、恐怖と落胆とが ないまぜになったような気持ちで、そう思った。
でも。
僕が僕のことに責任を持てば、僕が誰のものでもないことの不安に耐えれば、この美しい世界にいる権利が僕に与えられるの?

僕は迷って――結局、その時には僕は氷河に何も言えなかかった。
『じゃあ、僕は僕のものになる』って答えれば、ずっと 地上にいられるようになるのだとしても、僕が僕のものになるっていうことが どんなことなのか、僕にはわからなかったし、わからないのに そんなことを言うわけにはいかないと思ったから。
それは無責任で いい加減なことだし、嘘にだってなりかねないことだから。
氷河は、僕の答えを聞かなくても、僕は僕のものだって決めてしまったみたいだったけど。






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