殺生谷で、兄を許してくれと、瞬は俺にすがってきた。 俺は、一輝は倒さなければならない敵だと、瞬に答えた。 俺たちアテナの聖闘士のために、一輝は倒されなければならない敵なのだと。 本心では、一輝は 瞬に慕われている一輝が、俺には邪魔だった。 俺が瞬の心を俺に向けようとした時、最大の障害になるのが瞬の兄だった。 そうして、俺たちは一輝を倒した。 もちろん、あの時の一輝にも 奴なりの正義はあったんだろう。 奴の大切な少女の命を奪った運命に諾々と従ったのでは、自分と その少女の生まれてきた意味が失われてしまう――という、奴が生き続けるための正義が。 その正義までは、俺も否定しようとは思わない。 瞬が あれほど兄を慕っていなかったなら――瞬自身を含むアテナの聖闘士たちの命を危険にさらしても 兄に生きていてほしいと望むほどに 瞬が兄を慕っていなかったなら――俺はもしかしたら、兄を許してほしいという瞬の願いを叶える気になれていたかもしれない。 だが、事実はそうではなかったから、俺はアテナの聖闘士たちの命の保全という大義名分のもと、正義は俺の上にあるという顔をして、瞬の兄を倒したんだ。 一輝が死んだと思われていた間、俺は瞬の傍らに居坐り、瞬の兄の死に責任を感じているふうを装い 沈痛な顔をして、その実 嬉々として、瞬を慰め 励まし続けた。 あの頃、俺は黒鳥だった。 死してなお瞬に慕われている一輝という存在を認められず、憎み、瞬の心の中から奴の存在を葬り去るという、ただ一つの目的のために 持てる力のすべてを注ぎ込んでいた。 瞬の兄の死に俺自身が痛みを感じている振りをしたのも、瞬の同情を得るため。 正義のために為すべきことを為しただけなのに、“邪悪”な者の命を奪ったことに責任を感じている、誠実で心優しい仲間を演じるため。 兄だけを思い 見詰めていた瞬の心を、俺に向けさせること。 兄のためだけに生きていた瞬を、俺のために生きる瞬に変えること。 それが俺の目的だった。 献身的だったと思う。 傍目には そう見えただろう。 自分でも そう思った。 瞬を手に入れるという目的のために、俺は ここまで我と我が身を投げ出して努めることができるのだと。 やがて、俺の偽りの優しさを真実の優しさと誤解したまま、瞬の目は俺に向けられるようになり、まもなく瞬は俺のものになった。 瞬の理屈でいうなら、あの時、白鳥を装っていた黒鳥の俺は、瞬の好意を手に入れて白鳥になったんだ。 だが、本当にそうだろうか? 俺は純白の翼を持つ白鳥になったのか? いや、そうとは思えない。 |