3世紀、三国時代の末期、静かな竹林に入り、酒を飲み、楽を奏し、気心の知れた仲間と清談を楽しんだという竹林の七賢。 それが俺の理想だ。 騒がしい俗世を離れ、殺伐とした戦場を離れ、時折、同じように静けさや穏やかさを愛する友と 芸術や学問について語らい合う。 財や名誉への欲を持たず、壮麗な館や華美な衣装も求めず、自分が食っていけるだけのものを ささやかな田畑を耕して得る。 これほど心豊かな命の営みもあるまい。 若いのに年寄りじみたことを言うものだと 人は呆れるかもしれないが、俺は この歳で既に常人の一生分の争乱、混乱、冒険を経験済み。 この先 50年を静けさの中に暮らしても、死の床では波乱万丈の人生だったと思うことになるに違いないんだ。 そう、俺は基本的に平和と静けさを愛する男だ。 いずれ平和の時が訪れたなら、人里離れた場所に田畑を手に入れて、晴耕雨読の日々を送ろうと心に決めている。 そうなることを心から願っている。 そう願わずにいられないほど、今、俺の周囲は騒がしすぎ、賑やかすぎるから。 「それは素敵な夢だけど、できれば、紫龍の隠遁所は あんまり山奥じゃなくて、城戸邸に近いところにしてね。僕や星矢が毎日 気軽に遊びに行けるところがいいな」 「おまえはともかく、星矢が毎日 遊びに来ていたら、静かな日々なんて送れないじゃないか」 「それはそうだけど……一人でいるのは、きっと寂しいよ。紫龍は騒がしくて賑やかな生活に慣れちゃってると思うし」 瞬の言うことには一理ある。 確かに俺は 騒がしい日々というものに慣れてしまっていた――悲しいことに。 なにしろ、俺の友人にして仲間である星矢は、賑やかしの天才。 奇天烈なことを思いつき、無鉄砲なことをしでかしては、毎日騒ぎを起こしている。 もう一人の仲間であるところの氷河も、星矢と似たり寄ったり。 氷河は自分では自分を寡黙でクールな男だと思っているらしいが、それは とんでもない認識違いで、奴は星矢以上のトラブルメーカーだ。 星矢と違うのは、星矢が引き起こす騒ぎが大抵 食い物絡み、遊戯絡みのことであるのに対して、氷河の起こす騒ぎ原因は情絡みのことが多いという点くらい。 奴は、母親やら師匠やら、いわゆる身内に対する情が 子供の頃には、『マーマを侮辱された』『マーマのことでからかわれた』と言っては、仲間たちと喧嘩ばかりしていた。 今の奴の情の強さの向く先は 専ら瞬で、奴は、告白できない恋に苛立ってはヒスを起こし、俺や星矢に当たり散らしている。 そして、星矢や氷河が起こす騒ぎの収束に努めるのは俺と瞬だ。 氷河のヒスの原因である瞬が 氷河のヒスを静める作業に従事するというのも おかしな話だが、瞬は自分が氷河の苛立ちの原因だということを知らないんだから、それも致し方のないことだろう。 そして、氷河の恋に関して全くの第三者である この俺が 氷河のヒスのとばっちりを受けることは理不尽だ。 だというのに、城戸邸では その理不尽なことが ほぼ習慣化している。 ともかく、そういうわけで、敵が攻めてこなくても、俺たちが暮らす城戸邸では 毎日 何かしら騒ぎが起こって、俺は一日たりとも心穏やかな時を過ごしたことがない。 だからこそ、静かに心穏やかに過ごすことのできる日々というものを、俺は夢見ていたんだ。 そう、俺は いつも騒ぎを静める側で、騒ぎの原因になったことも 騒ぎの中心に立ったこともなかった。 なかったんだ。 俺が年寄りくさい(と星矢に馬鹿にされた)夢を仲間たちに語った、その日――正確には、その日の翌朝までは。 |