夜になると雨があがった。
星が見えないほど、月が明るい夜。
車寄せに入った自動車のエンジン音が 毎日 聞いているものと違うことに星矢が気付いたのは、彼が彼の部屋のベランダに出て、丸い月を眺めつつ、らしくもない 物思いにふけっていたからだった。

もし氷河の“理想の女性”が彼の母親に似た人だったとしても、今現在の彼が 彼の理想に似ても似つかない相手に好意を抱いているのは確実なことだと、星矢は認識していた。
氷河の好きな相手は、彼の“理想の女性”とは、そもそも性別が違うのだ。
その相手に、『もし 理想の人に出会えたら、その時には 必ず その人の手を取ってあげてね』などと言われてしまった氷河の心境は いかなるものなのか。
そして、瞬にそんな(残酷な)セリフを言わせてしまったのは、他でもない、暇を持て余していた自分自身だということ。
ぬけぬけと氷河の許に赴いて、『まさか、あんな展開になるとは思わなくてさあ』と詫びを入れたとして、はたして氷河は 自分の迂闊を快く許してくれるのか。
そんなことを、星矢は彼らしくなく ぐずぐずと悩んでいたのだった。

そんな星矢の物思いを、
「沙織に、マイヤが会いに来たと知らせてちょうだい!」
という威勢のいい声が遮る。
城戸邸正面玄関の車寄せに入った車は やはり、沙織が常用しているリムジンではなかったらしい。
グラード財団総帥にして ギリシャ聖域を統べる女神アテナを呼び捨てにしている声は、若い女のそれ。
いったい何が起きたのかと、星矢は慣れぬ物思いを中断して、自室を出たのである。






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