「俺は おまえが好きだ。俺は、おまえの夫としての務めを果たしたいと思う」
「え」
花たちは二人の恋を祝福するように揺れているのに――シュンは その祝福を素直に受け入れることができなかった。
というより、ヒョウガ王子がどういうつもりで そんなことを言い出したのか、すぐには理解できなかった。
そういう目で、シュンはヒョウガ王子を見詰めてしまったのだろう。
ヒョウガ王子は わかりやすくシュンに彼の真意を説明してくれた。

「本当の夫婦になろう」
「あ……」
「俺のために女物の服を着てくれ。いや、もちろん、今の格好も 目の保養になって嬉しくないわけではないんだが、おまえの その綺麗な脚を俺以外の男が見ているのだと思うと、腹が立つ」
「だ……だめ……」
他にシュンに何を言うことができただろう。
「だめ。僕はアンドロメダ姫にはなれない。僕はシュンなの」
そう言ってヒョウガ王子の求婚を断る以外に、何が。
そして、そう言ってヒョウガ王子を拒まなければならないことが、あまりにつらい。苦しい。
苦しくて、シュンの瞳には涙が盛り上がってきた。

ヒョウガ王子にはシュンの返事が思いがけないものだったらしい。
そして、おそらく彼はシュンの拒絶を信じなかった。
そんなにも自分はヒョウガ王子を好きになっていく自分の心を隠し切れずにいただろうかと、シュンは切なくなってしまったのである。

「おまえは俺が嫌いなのか」
瞳が告げる言葉と 唇が告げる言葉が乖離しすぎていたのだろう。
シュンに そう尋ねてくるヒョウガ王子は、否定の答えが返ってくることを半ば以上 信じているようだった。
シュンとて、ヒョウガが望んでいる通りの答えを彼に返したかったのである。
『嫌いなわけがないでしょう。僕はヒョウガが大好きです』と、シュンとて答えたかった。
そう答えることができるのであれば。
だが、それは許されないことである。
だから、シュンは、
「どうしてそんなことを訊くの」
と、ヒョウガ王子を責めることしかできなかった。
「そんなこと、訊かないで」
と、彼を拒むことしか。

これ以上、この城に、ヒョウガ王子の許にいることはできないと、シュンは思ったのである。
これ以上、ヒョウガ王子を騙し続けることはできない。
ヒョウガ王子が好きだからできない――と。

シュンが、それこそ 身一つでヒュペルボレイオスの王宮からの脱出を試みたのは、その夜遅く。
シュンは、しかし、城の門を出るどころか、秋の花たちが眠っている中庭の端にも行き着けぬうちに、険しく悲しげな目をしたヒョウガ王子に捕えられてしまったのだった。






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