時の神は『やれるから、やった』のだろう。
氷河の前には、2つの双児宮が そびえ立っていた。
最初に この宮の前に立った時には確かに1つだった建物が2つに増えたことに、氷河の仲間たちは驚き愕然としている。
星矢は いつもの彼らしく、屈託も底意もない様子で。
瞬と紫龍は、まだ恋を感じていないただの・・・仲間同士として。

しかし、氷河には、この二人が恋し合う未来の記憶があった。
夢にしては明瞭すぎる記憶。
夢か 馬鹿げた妄想とでも思わないことには自分の狂気を疑うしかないような、ありえない記憶。
2つの双児宮の前で、氷河だけが仲間と違う驚きに支配されていた。

これは夢なのか。
それとも、自分の中にある未来の記憶こそが夢なのか。
氷河には判断ができなかったのである。
ただ一つ確実なことは、今 自分が瞬を 自分以外の誰にも渡したくないと思っているということだけだった。
そのためにはどうすればいいのか――。
「二手に分かれよう。俺と瞬は左の宮。紫龍と星矢は右の宮に行け」
そのためには、紫龍が瞬に恋するきっかけとなった出来事を起こらなくしてしまえばいい。
氷河は、あの時 彼が言わなかった言葉を 仲間たちに告げた。
冷静な――冷ややかな心で。

「もし仮に おまえたちが この宮を抜け出ることができたなら、おまえたちは俺たちには構わず、まっすぐ次の巨蟹宮を目指せ。俺たちもそうする。俺たちに与えられている時間は短い」
そう言い合わせておくことで、これから先、青銅聖闘士たちの前には 氷河も知らない未来が現われる。
たとえそれがどんな未来であっても――それが 自分が既に一度 経験した未来より悲惨なものであったとしても一向に構わない――と、氷河は思った。
それは、瞬を紫龍に奪われることだけはない未来なのだから。

氷河は、同じ轍を踏むつもりはなかった。
そして、天秤宮で己れの師に対面した時、氷河は自らの勝利を確信したのである。
胸中で快哉を叫んで、氷河は水瓶座アクエリアスのカミュの技を、その身で受けとめたのだった。






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