二人で そんな秘密の夜を過ごした半日後だったのだ。 氷河が突然、シベリアに帰ると言い出したのは。 瞬はもちろん、その言葉に驚いて――しばらくの間、氷河が急に そんなことを言い出した訳を考えることもできずにいた。 考えても――氷河の心が読めるわけではない瞬には、その理由など わかるはずもなかったのだが。 「昨日は何も言ってなかったのに、どうして急に……。何もこんな季節にシベリアに行かなくたって――日本だって十分寒いのに、シベリアはもっと寒いでしょう」 「ロシアでは、気温が氷点下10度より下がらない冬を 腐った冬と言うんだ。日本の冬は なまぬるくて気持ち悪い」 気温が下がらない冬が気に入らないのなら、今を春だと思えばいいではないか。 そう言いかけて、だが、瞬は その言葉を喉の奥に押しやった。 氷河が求めているのは、春の暖かさではなく冬の厳しさなのだ――おそらく。 「何日くらい……」 「いられるだけ」 「え」 「敵が現われて また戦いが始まったら戻ってくる」 「そんな……」 それまで仲間の許には帰ってこないと、氷河は言うのだろうか。 もし 新たな敵が永遠に現われなかったら、いったい氷河はどうするつもりなのか。 昨夜は 暖かく明るい春の空の色をして瞬を見詰めていた氷河の瞳が、今は 青い海が そのまま凍りついてしまったように冷ややかなそれに見える。 暖かい室内にいるというのに、今の氷河の手は、全身の血の気が引きかけているアンドロメダ座の聖闘士の頬より冷たいのだろうと、瞬は思った。 「シベリアは寒いよ」 「……そうだろうな」 「……」 昨夜の温かい氷河の瞳の記憶が、その瞳に触れたせいで温かくなった自身の心の“感じ”が、瞬の中には まだ鮮明に残っていた。 だから一層、氷河の素っ気なさが、瞬は泣きたいくらい悲しかった。 |