カミュ国王は、彼の寝室の大きな寝台に 夜着を身に着けて眠っていました。
氷のように冷たく――氷よりも冷たくなって。
ですが、彼は死んだわけでも凍りついているわけでもありませんでした。
冷えきっているのに、カミュ国王の身体は硬く固まってはいませんでした。
カミュ国王は確かに生きているのです。
恐る恐る 瞬王子は その手でカミュ国王の頬に触れてみたのですが、そのあまりの冷たさに反射的に手を引いてしまいました。

「冷たい……」
その冷たさに怯えているような瞬王子の様子を見て、氷河王子は途轍もなく不安になってしまったのです。
「瞬……危険だと思うなら……」
「大丈夫だよ。叔父上様のこと心配でしょうに、僕のことまで心配しなくてもいいの」
いかにも氷河王子のために作った微笑を浮かべ、瞬王子はカミュ国王が横になっている寝台の枕元に腰をおろしました。
そして、意を決したように その腰を屈め、カミュ国王の上に上体を倒していったのです。
まるでキスするみたいに。

「な……何をするんだっ!」
氷河王子は慌てて、瞬王子の唇がカミュ国王の唇に触れる直前で、瞬王子の肩を掴み、二人のキスを阻みましたよ。
当然でしょう。
キスは、愛する人に愛を伝える行為なのですから。

「何……って、僕の生気と熱をカミュ国王様の中に吹き込むんです」
「く……唇から?」
「それがいちばん効果的だと聞いてます」
効果的でも何でも、それは駄目。
それは絶対 駄目だと氷河王子は思いました。
「だ……駄目だ! 叔父上は潔癖症の堅物で、この歳になっても、まだ見ぬ運命の恋人を待っているような純情一途な男なんだ。意識を失っているうちに運命の恋人以外の人間に唇を奪われたなんて知ったら、叔父上は蘇生できてもショックで憤死してしまう」
「でも……」
「他に方法はないのかっ!」

死んでも二人のキスは阻止すると言わんばかりの氷河王子の形相に、瞬王子が困ったように眉根を寄せます。
少し考え込んでから、瞬王子は氷河王子にカミュ国王の上体を抱き起こしてほしいと言ってきました。
氷河王子が言われた通りにしますと、瞬王子はカミュ国王の冷たい頬を自分の心臓の上に押し当てるようにして、その肩を抱き寄せたのです。
キスも嫌でしたけれど、瞬王子が自分以外の男をしっかり抱きしめるのも嫌。
叔父君の命がかかってるという時に、そんなことで いらいらしている自分に、氷河王子は更に いらいらしたのです。
『キスよりはまし、キスよりはまし』と何度も自分に言いきかせて、何とか氷河王子は いらいらしている自分を隠そうとしました。

「可能な限り、僕の生気と熱をカミュ国王様に移します。もし、僕の生気がもたなくて、僕が気を失ってしまったら、僕と国王様の体温を確かめてください。そして、僕の方が冷たかったら、僕を国王様から引き離して。僕の方が温かかったら、そのままにしておいてください」
氷河王子の いらいらに気付いた様子もなく瞬王子は そう言って、カミュ国王を抱きしめたまま、目を閉じました。

それからカミュ国王の寝室で起こったことは、本当に不思議なことでした。
氷河王子や一輝国王や氷の国の家臣たちが見守る中、瞬王子の身体から、春の暖かい空気が生じ、広がり、それが瞬王子とカミュ国王を包み込んでいきます。
炎の熱ではありませんから、それは高温ではありません。
それは、少しずつ少しずつ、ゆっくりゆっくり 根雪を溶かしていく春の穏やかな温かさでした。

皆さんは、熱くないのに沸騰する液体を見たことがありますか?
水は1気圧100度で沸騰しますが、メチルアルコールは64度で沸騰します。
ドライアイスは通常の温度で一瞬で燃え上がり、燃え尽き、空気になってしまいます。
きっと、瞬王子が起こした奇跡は そんなふうなことだったのでしょう。
瞬王子が作り出した空気は、温かいまま――熱くならずに――爆発を起こしました。
爆発といっても、それは、誰も どんな衝撃も受けることのない爆発でした。
そして、温かい爆発が収まると、氷河たちは そこに、頬に血の気の戻ったカミュ国王と 凍った海のように青白い頬をした瞬王子の姿を見い出すことになったのです。

カミュ国王の瞼は やがてゆっくりと開きましたが、瞬王子の瞼は重く閉ざされたままでした。
「しゅ……瞬!」
カミュ国王が蘇生しても、瞬王子が死んでしまったのでは何にもなりません。
生き返ったカミュ国王の横で 身じろぎ一つしない瞬王子の姿を認め、氷河王子は気が狂わんばかりの痛みと混乱に襲われました。
そんな氷河王子を見て、一輝国王が、存外に落ち着いた声で、彼がすべきことを指示してきます。
「カミュ国王が蘇生したのなら、カミュ国王の身体を侵食していた凍気はすべて気化して空中に溶けていったんだ。瞬の身体は普通に温めれば、すぐに元に戻る」
「すぐに暖かい部屋を用意――いや、俺の部屋でいい。俺の部屋の暖炉を火事になるほど がんがん燃やせ!」

カミュ国王は息を吹き返しました。
瞬王子の身体は冷たく冷え切っていますが、死んではいない。
一輝国王の言葉を聞いて、氷河王子の心は またしても気が狂わんばかりに――今度は歓喜でいっぱいになりました。
カミュ国王の寝台で気を失っている瞬王子の身体を急いで――でも大切に、慎重に――抱き上げ、氷河王子は瞬王子を自分の部屋の寝台に運んだのです。
そして、復活成ったカミュ国王は 一輝国王や家臣たちに任せて、瞬王子の枕元で瞬王子が その目を開けてくれるのを一人で待ったのです。






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