心を無くしてしまったような瞬王子。
二人の聖闘士は、それでも、一縷の希望を抱いて 瞬王子を光あふれる地上世界へと連れ帰りました。
地上で、偽物でない光、偽物でない花――本物の光、本物の花を見たら、瞬王子は以前の輝くような笑顔を取り戻してくれるのではないか。
そう期待して。
けれど、二人の期待は空しいものでした。
本物の太陽の光に全身を包まれても、瞬王子は 少し眩しげに目を細めただけで、その心を動かされた様子は かけらほども見せてくれなかったのです。

以前の瞬王子ではない瞬王子。
だからといって、打ち捨ててしまうわけにはいきません。
一輝国王――彼は既にエティオピア王国の王でした――は、アテナの許可を得て、瞬王子を連れ、氷河と共に故国に戻ったのです。
両親の思い出と幼い頃の思い出が残る場所で、死んでしまった瞬王子の心を生き返らせるために。
それに、両親から託された大切な故国を、いつまでも王不在のままにしておくわけにもいきませんでしたから。

懐かしい王宮に帰った一輝国王は、心を失ってしまった瞬王子に、自分がどれほど苦労して聖闘士になったのかは一言も告げませんでした。
ですが、瞬王子の父母が最期まで瞬王子を奪われたことを嘆き悲しみ、その身を案じ続けていたことは 詳しく語って聞かせました。
ついに瞬王子との再会も叶わぬまま亡くなってしまった両親。
その愛、その思いだけは 瞬王子に伝えなければならないと、一輝国王は思ったのです。
でなければ、瞬王子を奪われて泣き暮らし 衰弱して儚くなった母君、息子を失ったばかりか 愛する妻の命と幸福までをも失ってしまった父君が悲しすぎるではありませんか。
だというのに。

「それほど、おまえの父母は おまえを愛していたんだ」
兄である一輝国王が語る話を聞き終えた瞬王子は、涙を一粒 零すことすらしませんでした。
涙の代わりに、
「愛? 愛ってなに」
瞬王子は、そう一輝国王に尋ねてきました。
一輝国王は、あまりのことに言葉を失ってしまったのです。
それだけではありません。
瞬王子は、重ねて兄王に問うてきたのです。
「僕のことを思って泣くのが愛なの? 僕のために死ぬことが愛なの? それが愛っていうことなの? 愛って良くないことなの? 愛って なに?」
「瞬……」

無感動な目をして、兄に問うてくる瞬王子。
一輝国王は、強靭な肉体と強靭な精神を兼ね備えた人間でした。
その彼が――そんな彼でも、瞬王子の冷たい言葉には 打ちのめされずにはいられませんでした。
そして彼は、我が子への愛に 命と心を切り刻まれて死んだも同然の両親のために 慟哭せずにはいられなかったのです。
慟哭といっても、一輝国王は 瞬王子の前で涙を流したわけでも、悲嘆の声をあげたわけでもありませんでしたけれど。
一輝国王の悲しみは、涙や悲鳴で和らぐようなものではありませんでしたし、彼は 瞬王子に罪のないこともわかっていましたから。

ただ、一輝国王は 無性に悲しかったのです。
いかなる代償も求めず、ただ ひたすらに奪われた息子を求め、嘆き、愛し続けた両親の愛への報いがこれなのかと。
奪われた息子のことなど さっさと諦めてしまえば、彼等は嘆き悲しむこともなく――もしかしたら今も生きていて瞬王子との再会も叶っていたかもしれません。
彼等は、その愛情の深さゆえに死んだようなもの。
情愛の深さゆえに不幸になったようなもの。
こんな悲しい、こんな皮肉なことがあっていいものでしょうか。

人形のように冷たく美しい瞬王子。
両親の愛と苦しみを知らされても無感動な その瞳。
一輝国王の嘆きは、暗い宇宙の深淵より深いものでした。






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