一輝国王は、けれど、いつまでも嘆いてばかりもいられませんでした。
国の王として しなければならないことが多くあったせいもありますが、聖闘士になるための修行に耐え抜いたことで、彼は肉体だけでなく精神もまた強靭なものになっていたのです。
そして、アテナの聖闘士は希望の闘士。
一輝国王は、瞬王子に 人としての心を取り戻させる決意をしたのです。
愛が何なのかわからないという瞬王子に、愛とは何なのかを思い出させる決意をしたのです。
それが瞬王子のため、最期の時まで瞬王子を愛し案じていた両親の愛が報われる ただ一つの方法だと、彼は思ったのでした。

ですが、それは とても難しいこと。
なにしろ、愛や心といったものは形を持っていません。
『これが愛』『これが人間らしい心』と、瞬王子に差し示して教えることができるようなものではないのです。

瞬王子は美しいのに――本当に美しいのに、心のない人形のようでした。
愛を知らない、人の心を思い遣る術を忘れた瞬王子。
瞬王子をさらっていったハーデスは、地上にいた時、なぜ瞬王子が輝いていたか、なぜ その笑顔が多くの人の心を惹きつけていたのかを、考えもしなかったのでしょう。
瞬王子は、その姿形が美しいという理由だけで すべての人に愛されていたのではなかったのに。
瞬王子は 冥府に連れていかれ、人として誰にも愛されることがなかったので、愛することを知らず、愛されていることを理解することもできない人間になってしまったのです。
そうして、その輝きをも失ってしまった――。

人間らしい心を持たず 愛を知らない人間は、不幸にはなりません。
そして、幸せにもなれません。
けれど、一輝国王は瞬に幸せになってほしかったのです。
そのためになら、どんなことでもしようと思いました。
とはいえ、両親の愛と嘆きを知らされても 心を動かされた様子を全く見せなかった瞬王子に、いったいどうやって愛を、心を、取り戻させることができるのか。
藁にもすがる思いで、一輝国王は、『瞬王子に愛とは何かを教え、思い出させることができた者に、どんな褒美も思いのままに与える』という 布告を出したのです。

瞬王子の幸福を願う者、瞬王子の両親を悼む者、一輝国王が味わった辛酸を知る者、瞬王子を救うという名誉を求める者、そして、褒美を手に入れようとする者――その動機は様々だったでしょうが、たくさんの人が 瞬王子に愛を思い出させようとして、エティオピア王国の王宮にやってきました。

最初にやってきたのは、日頃から、愛とは、善とは、美とは何かを探求している哲学者たちでした。
彼等は、瞬王子に 彼等の考える愛の定義を語りました。
曰く、
「愛とは、理想追求のエネルギーです。自らに欠けた善を永久に我が物にしようとすること。愛を極めれば、人は最終的に最高善に行き着ます」
曰く、
「それは、何と言っても、代償を求めず、自分を犠牲にしてでも相手のために最善を尽くすことでしょう」
曰く、
「愛とは、さほど難しいものではありませんよ。自然に湧いてくる尊敬と慈しみの気持ちです」

なにしろ偉い学者先生たちですから、彼等の言うことは どれも正しいことだったのでしょう。
「理想ってなに。犠牲にするって、何をすることなの。自然に湧いてくるようにするには、どうすればいいの」
残念ながら、彼等は、瞬王子に それを理解させることはできませんでしたけれど。

「噂に聞いていた以上に美しい。私はあなたを愛しています」
そう言って、実際に瞬王子に愛を伝える者もいました。
「それはどういうこと?」
瞬王子には、全く伝わりませんでしたけれど。

「愛は理屈でわかるものではありませんよ。直接 触れ合わなければ、人は真に愛を享受することはできないのです」
と言って、瞬王子を抱きしめようとする者もいました。
彼はすぐに一輝国王によって王宮の外に放り出されましたが。

「私は、あなたのためになら何でもします。何でも お命じください」
そう言って、犠牲と献身を実際に示すことで、瞬王子に愛を知らしめようとする者もいました。
「してほしいことは、何もないの」
瞬王子は、そんなことは求めていなかったので、彼は目的を果たすことはできませんでしたけれど。

誰が何を言っても、何をしても、そんなふうでした。
誰も、瞬王子に愛を教えること、愛を思い出させることはできなかったのです。
半年もすると、瞬王子に愛を教えるために お城にやってくる者は一人もいなくなってしまいました。






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