星矢が ラウンジにも ダイニングルームにも ジムにも 庭にもいない――つまり城戸邸の共有スペースといわれる場所のどこにも星矢の姿がないことに 紫龍が気付いたのは、それから約20分後。 「まさか、星矢の奴……!」 星矢の行き先は、考えずともわかった。 だから紫龍は すぐにその場に急行したのである。 すなわち、昨日 瞬に『嫌い』と言われたことにショックを受けて寝込んでいる(ということに、星矢の頭の中ではなっている)氷河の部屋に。 もっとも、紫龍は10歩も20歩も遅かったらしく――氷河の部屋のドアは既に開け放し状態になってしまっていたが。 氷河の部屋に 部屋の主の姿がないことを確かめた星矢は、その住人不在に慌てたまま、瞬の部屋に移動していったらしく――星矢が瞬の部屋のドアを叩き割るようにして、その室内に飛び込んだ瞬間を、紫龍は目撃することになった。 「おい、瞬! のんきに落ち込んでる場合じゃねーぞ! 氷河が部屋にいないんだ! あいつ、おまえに嫌いって言われたのがショックで家出したのかもしれねーぞ!」 万事休す――と、紫龍は思ったのである。 同時に、もう急ぐ必要はないこと――急いでも無意味なことを、彼は悟った。 ゆっくりと、星矢によって開け放たれた瞬の部屋の方へ移動し、そのドアの前に立つ。 紫龍の視界に最初に映ったのは、仲間の家出に動転して いきり立っているようにも見える星矢の背中と両の肩だった。 その更に奥に何があるのかを見たくもなければ 確かめたくもなかった紫龍にとっては、非常に幸いなことに。 「俺が家出?」 星矢によって家出人にされてしまった男が ベッドの上に右の肘をついて、こころもち上体を起こす。 もう一方の手で髪をかきあげ、彼は 突然の闖入者の正体と、闖入者の闖入の目的を確かめようとした――らしかった。 「そう、おまえが……」 家出をした当人に、星矢は一度 大きく力強く頷いた。 そうしてから初めて、家出人が家の中にいる奇妙に気付く。 「な……なんで、おまえが瞬の部屋にいるんだよ!」 しかも、そこは瞬のベッドの上。 腰から下は掛け布のせいで確認できなかったが、氷河は、少なくとも上半身は裸だった。 「氷河……どうかしたの?」 裸の氷河の向こう側から、気怠げな瞬の声が聞こえてくる。 その声に少し遅れて――上体を起こしかけていた氷河の胸の上に、細く白い腕が 這うように伸びてきた。 氷河の胸と瞬の腕――肌の色の違いが 異様なほどなまめかしく、星矢は、自分がなぜ そんな反応を示すのか、その訳もわからぬまま、その場で大きく身震いをすることになったのである。 「いや、星矢がおかしなことを――」 「星矢?」 そう言って氷河の胸の陰から顔を覗かせたのは、当然のことながら この部屋の住人とされている人物――要するに、アンドロメダ座の聖闘士だった。 星矢が室内にいるのに気付いた瞬の瞳が少しずつ、だが確実に大きく見開かれていき、いくら瞬でも それ以上大きく瞳を見開くのは無理だろうと思える状態に至った次の瞬間、瞬は その頬を真っ赤に染めた。 「い……いやっ……!」 そうして、氷河同様 着衣と言えるものを その身にまとっていなかった瞬は、朝食をとっていないキツネに見付かってしまった小ウサギが灌木の茂みに逃げ込むように、氷河の陰に ぱっと隠れた。 朝食を見付けて欣喜雀躍していいはずの星矢は、だが、獲物に飛びかかるどころか、ただひたすら呆然自失、声もなく その場に立ち尽くすのみである。 目も当てられない事態とは、こういうことをいうのだろう。 だが、裸でベッドにいる二人を いつまでも見物しているわけにはいかない。 その二人に足封じ技をかけられて動けなくなってしまった星矢を、いつまでも そのままにしておくわけにもいかない。 そして、その場で自由に動くことができたのは、瞬の部屋の中で何が行われているのかを事前に見越していたがために シベリア&アンドロメダ島仕込みの足封じ技の被害を受けず、しかも着衣の紫龍一人だけだった。 「あー……すまん。俺がちゃんと説明をしておけばよかったんだが……。邪魔をして悪かったな。星矢は こちらで引き取るぞ」 着衣の自分が、なぜ これほど体裁の悪い思いをしなければならないのか。 その点がどうにも解せなかったのだが、ともかく紫龍は その体裁の悪さに耐えながら、星矢の首根っこを掴んで、ほぼ完全に硬直しているその身体を瞬の部屋の外に引きずり出すという仕事を何とか やり遂げたのだった。 |