昔々、ギリシャより ちょっと南にあるエティオピアという国に、一輝王子という とても元気な王子様がいました。 エティオピアは ギリシャのアテネやテーバイほど都会ではありませんでしたが、とても大きな国で、気候も温暖。 麦は年に2回収穫できますし、果物は 放っておいても たわわに実る、大層豊かな国です。 飢える心配がなければ、人心が乱れることは少ないもの。 王室は国民に愛されていましたし、一輝王子は両親である王様とお后様に 深く愛されていました。 一輝王子は、ですから、とても幸福な王子様だったのです。 誰もが そう思っていました。 一輝王子は世界でいちばん幸せな王子様だと。 けれど、一人の人間が幸福なのか不幸なのかを決めるのは、いわゆる“他人”ではありません。 それを決めるのは、その人自身。 一輝王子が幸福なのか不幸なのかを決められるのは一輝王子本人だけ。 たとえ世界中の すべての人々が『一輝王子は幸せな王子様だ』と口を揃えて言っても、一輝王子がそう思っていないのであれば、一輝王子は幸せな王子様ではないのです。 幸福や不幸というのは、そういうものなのです。 と、ここまで言えば もうおわかりでしょう。 世界中のすべての人々が一輝王子を幸福な王子様だと思っていましたが、一輝王子はそう思っていませんでした。 一輝王子は、自分をとても不幸な王子だと思っていたのです。 だって、一輝王子には弟がいなかったのです。 一緒に剣のお稽古をしたり、レスリングごっこをしたり、時々 喧嘩をしたりもできる、強くて可愛い弟が。 それがどんなに寂しいことか、わかるでしょうか。 立派なお城に住み、綺麗な王子様ルックを身に着け、毎日おいしいご馳走を食べ、遊戯室には玩具がいっぱいあっても、弟がいないのでは寂しいばかり。 エティオピアの王様やお后様が一輝王子を愛し守ってくれるように、一輝王子もまた、自分が愛し守ってあげられる弟がほしかったのです。 できれば、うんと強くて(でも一輝王子より ちょっと弱くて)、うんと可愛い弟が。 一輝王子は、ですから、毎日 お父様である王様や お母様である お后様に、『弟がほしい』『強くて可愛い弟がほしい』と ねだっていました。 一輝王子が 毎日何度も 『弟がほしい』『弟がほしい』とねだってくるので、エティオピアの王様とお后様は『一輝王子の弟を授けてください』と星の妖精にお願いすることにしました。 実はエティオピアの王様とお后様は仲が悪かったとか、お二人、もしくは お二人の一方のお身体に不都合があったとか、そういうことではありませんよ。 その頃は、赤ちゃんというものは、夜空で無数に輝いている豊穣の象徴である星の妖精にお願いして授けてもらうものだったのです。 一輝王子も そんなふうにして、エティオピアの王様とお后様に授けられた子供でした。 ちなみに、一輝王子は、鳳凰座のアンカの星の妖精に頼んで授かった王子様です。 今回 王様とお后様が頼んだのは、アンドロメダ座のアルマクという薄いオレンジ色の星の妖精でした。 そうして、一輝王子には、瞬王子という、それは可愛らしい弟君ができたのです。 一輝王子は大喜び。 瞬王子はとても可愛らしい王子様でしたので、一輝王子だけでなく王様もお后様もエティオピアの国民も大喜び。 早速 盛大な誕生のお祝いが催されました。 もちろん その席には瞬王子の守護星アンドロメダ座アルマクの星の妖精も招待されました。 ところが。 実はアンドロメダ座のアルマクは オレンジ色の主星と青緑色の伴星でできている二重星。 つまり、アンドロメダ座アルマクの星の妖精は二人いたのです。 もちろん伴星の妖精も瞬王子の誕生には その力を貸していました。 なのに、誕生祝いの席に招待されなかった伴星の妖精は かんかんです。 伴星の妖精は、招待されていない誕生祝いの会場に唐突に現われて、その場で 瞬王子に『16歳になる前に太陽の光を浴びてしまうと大変な災難に見舞われ不幸になる』という呪いをかけてしまいました。 おかげで おめでたい誕生祝いの席は、まるでお葬式場のようになってしまったのです。 一輝王子は、可愛い弟に呪いをかけた伴星の妖精に飛びかかろうとしたのですが、その時には既に伴星の妖精は祝いの会場から消えてしまっていました。 たとえアルマク伴星の妖精をやっつけても、一度かけられた呪いが解けることはありませんから、余計な騒ぎを起こさずに済んだ分、それは結果的にはよいことだったかもしれません。 アルマク主星の妖精は、伴星の妖精の意地悪を詫び、自分が授けた子供のために お城の庭に 陽の光が入らない館を建て、そこで太陽の光を避けて 瞬王子を育てるようにと、王様たちに言いました。 アルマク主星の妖精が造ってくれた館には高い塔が一つあり、窓があるのは その塔のてっぺんにある小さな部屋だけ。 他の部屋には窓は一つもありません。 代わりにすべての部屋と廊下の壁中に蝋燭を立てる燭台が たくさんあって、お陽様の光が射さなくても、いつも真昼のように明るいのです。 瞬王子は夜にだけ塔の部屋に登ることができ、そこにある小さな窓から星空を見ることが許されることになりました。 瞬王子が16歳になるまで、その塔の小部屋の窓から見ることのできる星空だけが 瞬王子の知っている外の世界ということになったのです。 世界中のすべての人たちが、瞬王子を世界でいちばん不幸な王子様だと言いました。 それは 極めて妥当な見方ではあったでしょう。 瞬王子が世界でいちばん不幸な王子様かどうかということは ともかく、瞬王子が不幸な王子様だということは。 なにしろ瞬王子自身には何の落ち度もないのに、呪いをかけられてしまったのですから。 けれど、自分自身には いかなる非もないことで呪いをかけられてしまった不幸な瞬王子は、その不幸不運ゆえに かえってみんなに愛されて、とても素直で美しい王子様に育っていったのです。 世界中のすべての人たちに 不幸な王子と思われている瞬王子。 けれど、人間の幸不幸を決めるのは、その人の心だけ。 物心がついて自分の運命を理解できるようになった頃――瞬王子は 自分をどう思っていたのでしょうか。 誰からも愛されている自分を幸福な王子と思っていたのか、普通の子供のようにお陽様の下で自由に走りまわることのできない自分を不幸な王子と思っていたのか。 おそらく、瞬王子は、自分をとても幸福で とても不幸な王子と思っていたでしょう。 瞬王子を愛する人々は、誰もが瞬王子を気の毒な王子と思い、瞬王子のために 心を痛めていました。 多くの人々に愛されることは幸せなことですが、自分を愛してくれる人たちが自分のせいで悲しみ苦しい気持ちでいることは――それがわかることは――瞬王子の胸をも傷付けることでしたでしょうから。 幸福と不幸の両方が自分を取り囲んでいる時、大抵の人間は不幸の方に目を向けがちです。 けれど、瞬王子は、愛されることの幸せを見失うことはありませんでした。 だから、瞬王子は、素直で美しい王子様に育つことができたといっていいでしょう。 自分を心から愛してくれる人たちがいる。 そう信じていられる人間は、完全に不幸な人間にはなれないものです。 ええ。 エティオピアの人々は誰もが気の毒な瞬王子を愛していました。 中でも いちばん瞬王子を愛していたのは、瞬王子のお兄様である一輝王子だったでしょう。 一緒にお陽様の下で遊べるはずだった可愛い弟君が、お陽様の光を見ることさえできず、思い切り駆けっこをすることもできずにいる。 なのに、瞬王子は、そのことで愚痴一つ言わず、蝋燭の光しかない館の中で静かに耐えているのです。 一輝王子が、そんな健気な弟君を愛さずにいられるでしょうか。 いられるはずがありません。 一輝王子は、大層 瞬王子を愛し 可愛がりました。 普通のお兄様が弟を可愛がるのの百倍くらい。 一輝王子は 本当は瞬王子と剣のお稽古をしたりレスリングごっこをしたりしたかったのですが、瞬王子が そんなことより楽器のお稽古や絵本を読んでいることの方が好きだと知ると、剣のお稽古を我慢して、本当は大々々々嫌いな楽器のお稽古に付き合うほどでした。 瞬王子は、可愛いだけでなく聡明で、本当はお兄様である一輝王子が剣のお稽古が大好きだということが その素振りからすぐにわかりましたので、剣のお稽古もちゃんと一緒にしましたよ。 おかげで一輝王子と瞬王子は、剣術も楽器の演奏も巧みな素敵な王子様たちに育ちました。 当時は、剣が強くて楽器の演奏が巧みなことが、かっこいい王子様の条件だったのです。 武に偏らず、芸術を愛し理解する、文武両道の王子様というわけですね。 |