希望の姿






それは言われ慣れていた言葉でもあった。
「俺、勝手に、おまえの父さんか母さんが 瞬さんの血縁なんだと思ってたんだけど、違ったんだー」
光牙が なぜそんなことを言い出したのか、意味を問うまでもなく、龍峰にはわかっていた。
本当に、それは言われ慣れた言葉だったのだ。

物心ついた時には、
「まあ、お母様そっくりの可愛らしい お嬢ちゃん」
10歳に近くなった頃には、
「本当に よく似た姉妹だこと」
瞬と連れだっていると、二人に初めて出会った人間は 誰もが必ず二人にそう言った。
そう言ってから、その人が首をかしげたとしても、それはその人が 自分の目の前にいる二人が肉親同士ではない可能性を考え始めたからではない。
その人は、
「まあ、お母様そっくりの可愛らしい お嬢ちゃん」を、
「まあ、お母様そっくりの可愛らしい お坊ちゃん」
「まあ、お父様そっくりの可愛らしい お嬢ちゃん」
「まあ、お父様そっくりの可愛らしい お坊ちゃん」
のいずれかに言い換えるべきかと迷っているだけ。
「本当に よく似た姉妹だこと」を、
「本当に よく似た姉弟だこと」
「本当に よく似た兄妹だこと」
「本当に よく似た兄弟だこと」
と言い換えるべきかを悩んでいるだけなのだ。

ある時期までは、瞬の肉親に間違われることが嬉しかった。
時折 父の許を訪ねてくる瞬は、いつ出会っても常に 若く美しく優しかったから。
瞬は、春の野に咲く白い花のように清らかで、冬の間 眠りに就いていた すべての命を目覚めさせる春の微風のように温かだったから。
あまりに肉親に間違われることが多かったので、龍峰自身、7、8歳になる頃まで、瞬は母の血縁なのだと信じていたくらいだった。
つまり、瞬は母の兄弟か従兄弟なのだと。
自分の母や姉に間違われるような人を『おじさん』と呼ぶことなど思いもよらず、龍峰はいつも瞬を『瞬さん』と呼んでいたが。

だが、ある日、龍峰は、瞬は母の血縁ではなく、もちろん 父とも血のつながりのないことを知った。
では なぜ自分はこんなにも瞬に似ているのか。
なぜ 自分は、母よりも 父よりも 瞬に似ているのか。
当然のことながら、龍峰は奇異に思ったのである。
だが、その謎の答えを、龍峰は両親にも瞬にも訊くことはできなかった。
父も母も瞬も――彼等がいつも自分に対して優しく深い愛情を注いでくれていることはわかっていた。
今日こそは訊いてみようと決意しても、龍峰の声は、彼等の温かい笑みの前で力を失ってしまうのだ。

そんな謎など解けなくても 自分は幸せな子供で、あえて その幸せの訳を探る必要はない。
そんな気持ちになってしまうから。
へたな好奇心を抱いて今の幸せの謎を解き、そのせいで今の幸せを失ってしまったら、自分は紡ぎ車に興味を持ってしまったために100年の眠りの呪いを受けることになったオーロラ姫のように愚かだ。
そう考えて。
だが、瞬の肉親に間違われるたび、それは考えずにはいられないことだった。
誰にも謎の答えを聞くことができず――だから龍峰は一人で考えたのである。

最も大きな可能性があるのは 自分が 瞬と他の“誰か”の間にできた子供で、事情があって現在の両親に預けられた――というパターン。
その“誰か”が母なのではないかと疑ったことさえある。
だが、父に対する母の愛情の深さ強さは疑いようがなく、二人の間に深い愛があることは誰の目にも明らか。
時折 訪ねてくる瞬も そう信じているようで、特に龍峰の父が五感を失ってからは、
「春麗さんは本当に強くて素晴らしい人だ」
と、龍鳳の母を褒め称えた。
そういう時の瞬の声と眼差しには、母への心からの尊敬と感謝が込められていた。
そして、そんな瞬の様子を見るたび、龍峰は胸が苦しくなるのが常だった。

両親と共に暮らしていれば、母が父を深く愛しているのは 嫌でも感じ取れる。
瞬が母を褒めるのは、声を発することのできない父に代わって、父の感謝の思いを伝えようとしてのこと。
それが わかるから、龍峰は切なかった。
胸がいっぱいになって泣きたくなり、我が身の謎などどうでもいいことであるように思えてくるのだ。






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