瞬はいつも龍峰に対して優しかった。
誰に対しても瞬は優しかったが、自分には特に優しかったように思う。
だが、それは決して肉親に対する優しさではなかった。
それは、龍峰にも感じ取れていた。
両親が自分に向ける愛と、瞬が自分に向ける愛は違うものだと。

瞬と父は、命をかけた戦いを共にしてきた戦友同士。
この花のような姿をした人が どんなふうに“敵”と戦ったのかを想像することは難しいことだったが、瞬がもし肉親に対する愛情に似た愛を抱いているとしたら、それは自分に対してではなく 父に対してだったように思う。
血のつながりさえ超えた、信じ合える仲間。
一瞬の ためらいもなく 自らの命を預けられるほどに信じ合った同志、その絆。
龍峰は、瞬が父に向ける信頼に 妬心めいたものを感じることさえあった。

深く愛し合い 支え合っている両親。
固い信頼で結びついている父と瞬。
彼等の姿が偽りのものだとは、龍峰にはどうしても思うことができなかった。
だが、二人を見た誰もが言うのだ。
「まあ、お母様そっくりの可愛らしい お嬢ちゃん」
「本当に よく似た姉妹だこと」
――と。

誰からも 似ていると言われる二人は、だが、すべてが同じというわけではなかった。
髪の色や瞳の色は違ったし、眉や鼻、唇等、顔を構成している個々の部品は、よく見ると似てさえいなかった。
だが、そんなふうに異なる部品が集まってできる顔立ちの印象は“そっくり”なのだ。

あまりに多くの人に『似ている』と言われすぎて――龍峰は一度だけ母にかまをかけてみたことがあった。
「僕、今日 町に行った時、通りすがりの人に、瞬さんそっくりって言われたんだよ」
と。
息子の言葉を聞いても、龍峰の母は戸惑う様子も困った様子も見せず、笑って、
「それは、龍峰が綺麗で強くて優しい子だと言われていることね」
と答えた。
屈託なく、手放しで嬉しそうに。
我が子を褒められた母親なら そういう表情を浮かべるのだろうと思える表情 そのままで。
母が あまりに嬉しそうに言うので、自分に出生の秘密があるのではないかという疑念が馬鹿げたものであるように、龍峰には思われたのである。
その時には。

両親の許を離れパライストラに入ってからは、龍峰は、自分と瞬の間にある類似と その謎のことを忘れかけていた。
誰にも その言葉を言われなくなったから。
だが それは、龍峰と瞬が似なくなったからではなく、瞬と両親を知る者が龍峰の周囲に いなくなっただけのこと。
瞬に会い、両親に会った光牙は、その言葉を言う。
おまえは瞬さんに似ている。
両親よりも瞬さんに似ている――と。

彼のことだから、思ったことを口にしただけで、そこには どんな他意もないのだろう。
自分が見聞きした事実から感じたことを、何も考えず 言葉にしただけで。
そして、光牙の言葉で、龍峰は思い出してしまったのである。
否、改めて思い知った。
やはり誰が見ても自分と瞬は似ているのだ。
自分は、あの不思議に美しい人に似ているのだと。

母の不義は疑えない。
瞬も決して そんなことはしないだろう。
だが、では、なぜ。
人工授精等の可能性も考えたのだが、たとえ遺伝子上だけのことでも自分と瞬の間に血の繋がりがあるのだとしたら、瞬が自分に向ける愛情が肉親の情とは異質なものであることの説明がつかないのだ。

たとえば血の繋がった親子なら、親は子の成長に責任というものを抱くことになるだろう。
立派な大人に育ってほしいと願い、そのために子を叱り諭すこともあるだろう。
瞬は、だが、そういうことはしなかった。
危険から遠ざけようとし、龍峰が泣いていれば慰め、相談を持ちかければ助言を与えてくれもするのだが、龍峰は そこに親の責任感めいたものを感じることはなかった。

瞬が龍峰に向ける愛情や優しさは、肉親に対する愛や優しさではない。
そういうものではないのだ――そういうものとは違う何か。
広く、深く、大きくて温かい何か。
しいて例えるなら、それは、我が子ではなく 世界のすべてを愛し慈しむような愛。
瞬は、一個の人間として龍峰を愛しているのではなかった――龍峰には そう感じられた。
瞬を好きで、尊敬してもいたから、龍峰の心は複雑だったのである。






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