龍峰が何も答えなかったからだろう。
光牙は さっさと話題を変えた。
龍峰の胸に不安を生んだことにも、そのせいで仲間が黙り込んでしまったことにも気付いた様子は見せず。
「そういえば、俺、ユナに鉄拳食らった時に、慟哭の谷っていうところで 変な人に会ったんだ。聖闘士らしいんだけど、金髪で、ものすごい凍気を放つ人で――。どこから来たんだか、突然 目の前に現われてさ、その人が 急に俺に攻撃を仕掛けてきたんだ。多分、俺、あの時 死んでたと思うぜ。何か不思議な力が俺を守ってくれなかったら」
「金髪で、ものすごい凍気――?」

凍気。そして金髪。
その二つの特徴が、龍峰の意識の中に『氷河』という名を運んできた。
父や瞬と共に戦っていた伝説の聖闘士の一人。
凍気を操る白鳥座の聖闘士の名を。
そして、龍峰は、もしかしたら自分は幼い頃に その人に会ったことがあるのではないかと思ったのである。
瞬が『氷河』という名を口にしたのを聞いたことがあるような気がした。
その場にいない人を語る声音ではなく、その場にいる人を呼ぶ声音で。
『紫龍』と父の名を呼ぶ時と同じ信頼と温かさをこめた声で。
だが、瞬が『氷河』を呼ぶ声には、もう少し違う響きも混じっていたような気がする。
それは、まるで我が子を愛しむ母親の声のような響き。
だが同時に、その“我が子”に甘えていることがわかる、どこか矛盾した声だった。

その人なら、自分が瞬に似ている訳を知っているのではないか。
両親や瞬には訊けないことも、その人になら――キグナス氷河になら――訊けるのではないか。
龍峰は、ふと そう思ったのである。
「その人に どこで会ったの。慟哭の谷って、どこにあるの」
光牙が教えてくれた場所は、今 彼等がいる場所からは遠く――相当の距離がある場所だった。
そして龍峰は、今 仲間たちから離れるわけにはいかなかった。
だが、会いたい。
会って確かめたい。

今 仲間たちから離れるわけにはいかないことはわかっていた。
だから龍峰は、決して 自分の望みを実行に移そうとしたわけではない。
むしろ そうしたい気持ちを静めるために、龍峰は、仲間たちが起こした火から そっと離れたのだった。






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