「瞬。おまえ、ほんとに普通の人間なのか?」 後日 礼状を送るから住所氏名を教えてくれという交番のお巡りさんの手を振り切って城戸邸に帰ってきた星矢に しみじみ問われ、瞬は困ったように眉根を寄せた。 「星矢と同じくらいには普通だと思うけど」 「ハーデスに毒気を持っていかれちまったのかなぁ……。アテナの聖闘士が幼稚園児以下なんてさ。俺、ほんとのこと言うと、瞬は沙織さんに次ぐ数値を出すもんだとばかり思ってたんだぜ」 どうやら 星矢の中で、人間測定器が算出する犯罪係数は、攻撃力や強さと混同され始めているようだった。 それは、大きい数値であればいいというものでも、小さな数値であればいいというものでもないというのに。 「まあ、瞬は特殊すぎる例だろう。参考にはならない。とにかく、その測定器の致命的な不具合を見付けて報告すれば、沙織さんも人権侵害の不安があるものの発売を思いとどまってくれるのではないか? 何か欠陥はあるはずだ」 紫龍が星矢に そう言ったのは、彼の仲間が数字を盲信することがないよう、釘を刺すためだったろう。 星矢が、紫龍の発言に、しばし虚を衝かれたような顔になる。 「へ? 紫龍、おまえ反対派なのかよ? こいつ、結構 役に立つって実証されたばかりなのに」 僅かに不満そうに問い返してきた星矢に、紫龍は首肯した。 「顔で笑って、腹の中が煮えくりかえっている人間がいたとする。当然、高い犯罪係数が出るだろう。それを殊更 暴き立てるのは――」 「そういうのを暴くのがよくないってのか? 暴かれちゃ困るような裏がなきゃ平気だろ」 ほとんど裏表のない星矢らしい見解である。 もしかしたら 星矢は、沙織や瞬より はるかに人間離れしている人間なのかもしれないと、星矢の仲間たちは思うともなく思った。 「そうやって耐えている者に、『犯罪係数100だ』と知らせることで、彼の忍耐がきかなくなったらどうする。生まなくてもいい犯罪者を生むことになるじゃないか」 「それはそうかもしれねーけどさー……それはそうだけどさー……」 もともと星矢は、瞬ほど人間測定器に関して真面目に考えていたわけではない。 最先端技術搭載の玩具の試用を頼まれた程度の認識でいた星矢は、紫龍のその言葉に納得したようだった――納得したように見えた。 それでも星矢が その日のうちに 遊び終えた玩具を沙織に返却しなかったのは、彼が 瞬の1桁に得心しきれていなかったからだったろう。 得心できずに――星矢は、とんでもないことを氷河に耳打ちしてきた。 「なあ、氷河。これで ナニしてる時の瞬の値を測ってみろよ。理性ぶっ飛んでる時なら、瞬でも 100を超えることがあるかもしれない」 「そんなことができるか!」 最先端技術搭載玩具を手渡され、とんでもない悪事の計画を囁かれた氷河が、声を荒げる。 冗談にしても、そんな悪巧みを瞬に聞かれるわけにはいかないと考えて、氷河はすぐに声の音量を落とした。 「何を言い出したんだ、おまえは! それでもし、瞬が100超えでもしてみろ。俺は瞬には言えないぞ。そんなことで瞬を犯罪者扱いなどできるわけがない」 「おまえ、結構な自信 持ってるみたいだけどさ。全然 変わんなかったらどーすんだよ」 「なに?」 「だから、瞬が、感じて乱れてる振りしてるだけだったらどーすんだって」 「……」 男はいつも不安を抱えて生きている生き物である。 星矢が持ちかけた悪事の計画を 氷河が実行に移したとしても、単純に彼を責めることは誰にもできないだろう。 また、その必要もなかった。 星矢の口車に乗せられ、してはならないことをしてしまった氷河は、誰かからの罰を待つまでもなく――恐るべき現実に打ちのめされることになってしまったのだから。 すなわち。 恋人の愛撫に陶然とし、忘我の境に迷い込んでいるように見える時、あらぬ場所を刺激され、羞恥に頬を染め 瞳に涙をにじませている時、その身を 恋人の猛り狂ったもので貫かれ、喘ぎ声も かすれて、その存在自体が肉の快楽そのものになっている時、その快楽が苦痛にまで高まり、ついに その極みから解放された まさにその瞬間にさえ――瞬の その数値は『9』を示したままだったのだ。 |