アンドロメダ座の聖闘士の力が足りなかったせいで、アンドロメダ座の聖闘士が殺されるのは致し方のないこと、いわば自業自得である。
だが、そのせいで氷河までが死ぬ必要がどこにあるというのか。
その上、もし氷河がハーデスの復活を許したアンドロメダ座の聖闘士を殺し切れず、光あふれる この世界が闇に覆われるようなことになったりしたら、それこそ 取り返しのつかない事態になる。
そんなことになってしまったら、事は、誰が責任を取るのかなどという次元の問題ではなくなる。
文字通り、取り返しがつかないのだ。
瞬は、どうあっても、その事態を避けなければならなかった。

その夜、まんじりともせず、瞬は考え悩み続けたのである。
氷河の命を犠牲にせず、地上世界に生きる誰の命も犠牲にせず、自分がアテナの聖闘士であり続ける方法。
そうして、この世界の光を守り抜く方法を。
その方法は一つしかないように、瞬には思われた。
一つしかないのなら、その方法を採るしかない。


瞬は、夜が明ける前に、アテナ神殿の一画に与えられていた彼の部屋を出た。
そして、ハーデスとの聖戦が始まるまで アテナの巨像が立っていた場所――ハーデスの脅威から地上を守るためアテナが その血を流した場所へと向かった。
その手に、聖闘士には 使うことの許されていない小さな武器を一つ持って。
神ならぬ身の自分が ここで血を流すことは おこがましいとも思ったのだが、ここは世界を守るための犠牲の血が流される場所、おそらくアテナは 彼女の聖闘士の意図を汲み取ってくれるだろう。
そう、瞬は信じた。

仲間たちと共に アテナと地上の平和を守るための戦いに身を投じた時から、死の覚悟は常に瞬の胸の内にあった。
まさか、その覚悟を実行に移す時が、聖戦を戦い抜き、生き延びることのできた今になって訪れるとは。
こんなことになるとは考えたこともなかったが、これもまた運命が用意した必然なのかもしれないとも思う。
自身に課せられた大きな務めを果たし、その結果 得たものを守るために自らの命を使う――。
瞬が最後まで 地上の平和とアテナを守るために命を賭して戦うアテナの聖闘士であるためには、もはや こうするしか道はなかった。

アンドロメダ座の聖闘士がハーデスもろとも、自らの命を絶つ。
生きてさえいなければ、瞬は 自分の恋に囚われず、すべての人々の幸福だけを願って ハーデスの魂を自分の意思で押さえつけ逃さずにいる自信があった。
自分が死んでいるのなら、生きている氷河の幸せが自分と共にあればいいと望むこともなくなるだろう。
氷河の命を守り、この世界の光と 地上に生きるすべての人々の命を守り、瞬自身が地上の平和を願うアテナの聖闘士であり続けるには、もはや これ以外の道はない――。

「兄さんはわかってくれるよね……。星矢も紫龍も――きっと いつかは氷河も」
恋などという馬鹿げた、だが 恐ろしいほどの力を持つ怪物に巡り会うことさえなかったら、自分は別の戦い方で戦い続けることができていただろう。
そう思うのに、不思議と、恋に巡り会ってしまったことへの後悔はない。
「大切な人を守るためだから――氷河のマーマも、こんなふうな気持ちで北の海に沈んでいったのかな……」
きっと そうだと思い、手にしていた短剣の柄に もう一方の手を添える。
おそらく これが、生きてみることのできる最後の光。
今日最初の太陽の光が地上に姿を現わし始める。
なぜか ぼやけて見える その光に僅かに目を細めて、瞬は両の手に力を込めた。






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