そんな夢を見たことを、瞬に話せるわけがない。 俺がその夢の話をしたのは、星矢と紫龍と、そして、ツワブキの花が咲いたというので 庭に出ていった瞬と入れ替わりにラウンジに入ってきたアテナ。 女神アテナことグラード財団総帥は、瞬がその場にいない理由を聞くと、 「ツワブキ? そんな花がウチの庭にあったの?」 と、豪華な真紅のカトレアの風情でぼやいた。 そう、ツワブキなんて日陰でひっそり咲く地味な花だ。 そんな花をすら優しく愛でる瞬が俺を殺そうとするなんて、夢の中でも ありえないこと。 なぜ俺は そんな夢を見たのか――。 夢など夢にすぎないと思いはしても、俺は合点がいかなかった。 「そんな あり得ない夢を見るなんて、あなた、実は、瞬に殺されても仕方ないようなことをしたのではなくて? その罪悪感が あなたにそんな夢を見させたのよ」 俺の夢の話を聞くと、蘭の女王は、いかにも自信ありげな態度で そう断じた。 もちろん、俺はすぐに反論した。 「俺が瞬に殺されても仕方ないようなことをするはずないでしょう」 「そう思っているのが、あなただけだったらどうするの。そりゃあ、瞬は あなたが殺されて当然の人間だなんて思いもしないでしょうけど。そうねえ。じゃあ、逆に、あなたが瞬を殺したいほど憎んでいるという解釈はどう? その願望が逆夢になって、あなたの許を訪れたとか」 「どうして俺が瞬を殺したいほど憎む必要があるんだ!」 「あら。人が人を憎む理由なんて、どこにでも転がっているものらしいわよ。自分より恵まれているとか、優れているとか、ある人間が清らかなことだって、清らかさを失った人間には憎悪の種になるかもしれない。可愛さ余って、憎さ百倍というでしょう。自分が相手に抱いている好意に 同じだけ好意を返してもらえないことだって、十分に憎しみを生む動機になる」 「……」 沙織さんは、要するに、それが言いたかったらしい。 失恋が人の心に憎しみや殺意を生むこともある――と。 だが、残念ながら 俺は瞬に対して失恋以前。 告白もしていないのに、振られることができるわけがない。 「ご賢察 恐れ入ります――と言いたいところだが、そんなメロドラマチックな理由は考えられない。俺は瞬に振られていないし、もし そんなことになっても、俺は瞬を諦めない。愛情が憎しみに変わる事象は、愛の成就や報いを諦めた時に起きるものでしょう」 「あなたの執念深さを忘れていたわ」 沙織さんが、彼女にしては いやにあっさりと自分の意見を引っ込める。 しかし、言うに事欠いて、俺の執念深さとは何だ、執念深さとは。 せめて不滅の愛とか、不屈の闘志とか言ってほしいものだ。 アテナの言葉の選択に対する不満を 俺は口にしなかったが、アテナは それを容易に察したようだった。 急に真顔になって、(おそらく、その場をごまかすために)彼女は 途轍もなく不吉なことを言い出した。 彼女は よりにもよって、 「でも、あなたが瞬を憎んでいるのではなく、瞬に憎まれるようなことをした自覚もないというのなら、それは あなたの意識か無意識が作った夢ではなく、天が授けた予知夢の類かもしれなくてよ。あなたは いずれ、本当に瞬に殺される――」 ――なんてことを言い出したんだ。 「沙織さん!」 まあ、それは、俺が瞬を憎んでいるとか、殺したがっているとかいう夢分析よりは受け入れやすいものだったが、だからといって、聞いて嬉しい予言でもない。 まして、今は、アテナとアテナの聖闘士が乗り越えなければならない最大の試練 ハーデスとの聖戦が終結して、ついに訪れた平和の時。 戦時ならともかく平時に俺が瞬に殺されるなんて、不吉にも ほどがあるというものだ。 自分が発した言葉の不吉さに気付いたのか、アテナは(おそらくは、またしても その場をごまかすために)取ってつけたような笑みを、その顔に貼りつけた。 「冗談よ。多分 あなたは、事あるごとに情けない真似ばかりしている自分が 瞬に呆れ見捨てられることを恐れているんでしょう。そんなことになるくらいなら、瞬に殺された方がましだと思っている。その考えが夢になって現われたのよ。せいぜい そんなところ。私から忠告しておくけど、あなた、そんな不安を抱えているくらいなら、瞬に見捨てられないうちに何らかの行動に出た方がいいわよ。自分自身の改善に努めるとか、見捨てないでくれと瞬に泣きつくとか」 「……」 俺が瞬を憎んでいるだの、瞬が殺す予知夢だの、散々 無責任な放言をしておいて、最後の落ちがそれなのかと――否、それがアテナの結論なのかと、本音を言えば、俺は少々 腹が立たないでもなかった。 が、確かに、そのあたりが、あの悪夢の夢分析としては妥当なところ。 結局 俺は、沙織さんが提示した落ちに納得させられていた。 |