そんな夢を見たことを氷河に話せるわけがない。 僕がその夢の話をしたのは、星矢と紫龍、そして、切り花用の延命剤を買ってくると言って出掛けていった氷河と入れ替わりにラウンジに入ってきたアテナ。 氷河は、毎日マーマのために飾る薔薇の花が枯れる様を見るのがつらいのだと言っていた。 女神アテナことグラード財団総帥は、氷河がその場にいない理由を聞くと、 「そして、今日も と、ビターチョコレートみたいな口振りでぼやいた。 「求愛給餌だなんて、そんな鳥や昆虫じゃないんですから……。氷河は優しくて、仲間思いなんです」 そう。 氷河はいつも優しい。 自分では食べもしないケーキを、『ついでだったから』と言って、僕のために買ってきてくれる。 そんな氷河が僕を殺そうとするなんて、夢の中でも ありえないこと。 なぜ僕は そんな夢を見たのか――。 夢は夢にすぎないって思いはするけど、僕は合点がいかなかった。 理由がわからなくて 顔を俯かせた僕に、沙織さんが、 「そんな あり得ない夢を見るなんて、あなた、精神的に無理をしているんじゃなくて? 何か、毎日ストレスを感じるようなことがあるとか」 と尋ねてくる。 でも、僕は、首を左右に振るしかなかった。 「今は戦いもないですし……そんなことはないです」 「ストレスの原因は戦いに限ったことじゃないでしょう。氷河に何か不満があるとか、あるいは その不満を口に出せないことがストレスになっているとか」 「氷河に不満なんて……」 そんなもの、あるはずがない。 氷河は、本当にいつも優しい。 だから僕は、僕が あんな夢を見たわけがわからないんだ。 「でも、夢というものは、心の葛藤やストレスを反映するものでしょう。あなたは いつも うじうじ……いいえ、言いたいことも言わずに、不平も不満も すべて呑み込んで、自分の中に押し込めてしまうから、それが積もり積もって多大なストレスになっているのよ、きっと。そして、そんなふうに 言いたいことも言えずにいる自分を殺してしまいたいと思っている。あなたは、そんな自分の殻を破りたいと思っているのではなくて?」 「自分の殻を……?」 沙織さんは、要するに、それが言いたかったらしい。 言いたいことがあるのなら、言ってしまった方がいい――と。 沙織さんは気付いているんだろうか。 だから、そんなことを言うんだろうか。 たとえ夢の中ででも、氷河になら殺されてしまっていいと思ってしまった僕の気持ち――。 多分、沙織さんの推察は正しいんだろう。 僕が、言いたいことを言えずにいる自分を消してしまいたいと思っていて、あんな夢を見たんだっていう解釈は。 でも、その“言いたいこと”は“言いたくないこと”でもある。 氷河は、今だって十分 僕に優しい。 なのに、これ以上を望むなんて、欲張りが過ぎるんじゃないだろうか。 図々しすぎるんじゃないだろうか。 僕が 僕の“言いたいこと”を言ってしまったら、きっと氷河は今より僕に優しくしてくれるようになる。 非力な僕は、そんな氷河に どんな報いを返すこともできない。 きっと僕は、子供の頃以上に自分の非力を もどかしく思って、焦れて、悲しむことになるだろう。 沙織さんは、それでも、言いたいことは言ってしまった方がいいという考えでいるんだろうか。 何より、氷河自身はどうなんだろう。 氷河に言いたいことを言ってしまってから『迷惑だったら忘れて』って頼んだって、それは すっぱり忘れてしまえることじゃないだろうし、かといって何も言わずにいても、問題は何ひとつ解決しない。 言うべきか、言わずにいるべきか、それが問題。 ハムレットみたいに悩みながら――僕は、一人で落ち着いて考えてみるために、沙織さんや星矢たちのいるラウンジを出た。 |