「こんな無茶をして……。一人で敵に向かっていったことは ともかく、幾針も縫わなければならないような怪我を負ったのに、血を流れるままにして ぼんやり歩いてるなんて、氷河、死にたいの」 雨に濡らすことなく もう少し早めに止血に努めていたら、皮膚の癒着も成って、縫わずに済んだかもしれない。 医師に そう言われたばかりだった瞬は、氷河の無精に 改めて苛立ちを――というより、不安を――覚えていた。 失血が多かったので、とりあえず一晩 強制入院という仕儀に相成った仲間に――しかも病室のベッドに横になっている仲間に――小言は言いたくなかったが、言わずにいると、氷河は同じことを繰り返しかねない。 氷河のために心を鬼にして 瞬は仲間の叱責に及んだのだが、氷河は まるで こたえた様子を見せなかった。 それどころか、瞬の叱責を無にするような答えを、氷河は返してきた。 「死にたいわけではないが、聖闘士なら その覚悟はいつでもできているものだろう」 そんな答えがあるものだろうか。 氷河が今 深夜の病院にいるのは、敵に打ちのめされたからではなく、彼が 彼自身の命を顧みなかったからだというのに。 「それは――できる限りに生きるための努力をして、その上でのことでしょう。氷河は最初から その努力を放棄しているみたい。以前の氷河はそんなじゃなかったよ。氷河、どうしちゃったの」 今の氷河が無気力で 投げ遣りになっているように見えるのは、失血のためではない。 少なくとも ここ一ヶ月の間、氷河は以前の氷河ではなくなっていた。 「以前の俺?」 氷河自身は、自分が変わってしまったことに気付いていなかったのかもしれない。 氷河は不思議そうな顔をして、瞬に尋ね返してきた。 瞬が、唇を引き結ぶ。 「そうだよ。以前の氷河は もっと……無様でも恰好悪くても、石に齧りついてでも生き延びようとしてくれていた。なのに、今日の氷河は――最近の氷河は変だよ。氷河は変わってしまった。いったい何があったの」 「……」 庇ってもらったといっていい状況なのに、しかも怪我人に、ひどいことを言っていると思う。 だが、瞬は、言わずにいることができなかったのである。 以前の氷河は、絶対に こんなふうではなかった。 無鉄砲なところはあったが、多くの親しい者たちの死に立ち会い、自らも一度は その生を諦めかけたことがあるだけに なおさら、氷河は命が失われることの意味を誰よりもよく知っていた。 一度は諦めた命――無理矢理 彼を蘇生させた瞬に、あの時 氷河は確かに『ありがとう』と言ってくれたのだ。 その時の氷河を憶えているからこそ、瞬は今の氷河の無気力が信じられなかった。 「氷河……ほんとに何が……」 「すまん。頭痛がする」 「……」 その言葉を、瞬は最初、仲間の譴責を それ以上 受けないための方便かと思ったのである。 だが、痛みを感じていても極力 その事実を隠そうとするのが常の氷河の眉が、本当に苦しげに歪むのを見て、瞬は それ以上 何も言えなくなってしまったのだった。 |