シルバーランドは、地上の御三家の中では 最も多くの聖闘士がいる国です。
瞬は、聖闘士になる際、白銀聖闘士であるケフェウス座のアルビオレに師事していた時期があり、その つてに頼ることで、特段の問題もなくシルバーランドのお城に入ることができました。
そこで瞬を出迎えたのは、鷲座の魔鈴、蛇遣い座のシャイナ、ペルセウス座のアルゴル、蜥蜴座のミスティ、琴座のオルフェ等、白銀聖闘士の中でも特に容姿の美しい者たち――もとい、白銀聖闘士の中でも指折りの実力者たちでした。
瞬は、彼等 美形聖闘士たち――もとい、実力者たち――に、自分がブロンズランドからシルバーランドまで はるばるやって来た事情を説明したのです。
つまり、『シルバーランドでいちばん強い人に頼みがある』と。

瞬の その言葉を聞いて、一歩前に足を踏み出した白銀聖闘士が二人いました。
一人は、その正体を知らなかったとはいえ黄金聖闘士に威張り散らしていたこともあるペルセウス座のアルゴル。
そして、もう一人は、アテナ以外に自分より美しい者はいないと豪語する蜥蜴座のミスティ。
実力はともかく、その自信とプライドの高さでは、彼等は確かに白銀聖闘士の中で1、2を争う男たちでした。

「シルバーランドでいちばん強い者というと、それは やはり俺だろうな」
と、ペルセウス座のアルゴルが言えば、
「何を言う。それは この私だ。勝敗は常に顔で決まるのだからな」
と、蜥蜴座のミスティが反論します。
「気の毒に。貴様は目が悪かったのか。早く目医者にかかった方がいい」
「メデューサの盾がなければ何もできない男が、何を偉そうに」
客人の前で口喧嘩を始めてしまった二人を見て、慌てたのは瞬でした。
口喧嘩をするくらいなら、ちゃんとした喧嘩をして どちらが強いのか決着をつけ、その勝利者に一刻も早くブロンズランドに来てほしい――というのが、瞬の本音だったのです。

「実は、王子が恋をしてくれないので、我がブロンズランドは今にも革命が起こりそうな状況なんです。それで、僕、我が国の氷河王子の恋人になってくれる人を捜して、シルバーランドにやってきました。氷河の好みのタイプは強い人で、強ければ強いほどいいそうなんです。ですが、氷河の恋人は二人もいりませんから、できれば お二人に戦って勝負をつけてもらって、勝った方の人に、我が国の王子の恋人として ブロンズランドにいらしていただきたいのですが……」
「なんだとーっ !? 」
『どーして、それを先に言わないのだ!』と、アルゴルとミスティは思ったことでしょう。
瞬のシルバーランド来訪の目的を聞かされたアルゴルとミスティは、誇り高き聖闘士にあるまじき勢いで頬を青ざめさせ、そして尻込みを始めてしまったのです。

「いや、俺としたことが、身の程知らずに詰まらぬ見栄を張ってしまった。ぶっちゃけた話、このシルバーランドでいちばん強いのは やはり、君の師であるアルビオレか琴座のオルフェということになるだろう」
「えっ !? 」
それまでアルゴルとミスティの後方に控え、二人の争いを呆れ顔で眺めていたアルビオレの顔が、アルゴルのその発言を受けて、にわかに引きつります。
「アルゴルの言う通り、私も見苦しい見栄を張っていた。我がシルバーランドで、黄金聖闘士に匹敵する力を持つと言われているのは、アルビオレとオルフェだけだ」
「なにっ !? 」
ミスティの言い草を聞いたオルフェは、仮にもアテナの聖闘士が仲間を売るなんて卑怯もいいところだと思いました。

突然、らしくもなく謙虚になってしまったアルゴルとミスティに、アルビオレとオルフェは思い切り慌ててしまったのです。
けれど、アルゴルたちの推薦状より はるかかに二人を慌てさせたのは、
「でしたら、先生とオルフェのどちらかを我がブロンズランドにご招待したいのですが……」
という、瞬の控えめな招待状でした。
「しゅ……瞬……」
可愛い弟子の“お願い”です。
アルビオレは、できればその願いを叶えてやりたいと思いました。
瞬の“お願い”が、他の何事かであったなら。
他の何事かであったなら、アルビオレはもちろん 瞬のために惜しみなく力を尽くしていたでしょう。
けれど、それは他の何事かではなかったのです。
ですから、アルビオレは、瞬に言いました。

「しゅ……瞬。もし おまえの国の王子が強い者を求めているというのなら、おまえはゴールドランドの黄金聖闘士に会いに行くべきだろう。ゴールドランドは何といっても御三家筆頭。この地上にゴールドランドの黄金聖闘士より強い者はいないというのが定説。事実も、おそらくそうだろう。大切な王子の恋人を求めるのに、中途半端な妥協はすべきではない」
これ以上に誠実で真摯なものはないだろうと思える眼差しと口調で そう告げるアルビオレに、アルゴルたちは大いに感心したのです。
これがまさか卑劣極まりない詭弁、卑怯極まりない逃避行為だなんて、神様でも思うまいと。
白銀聖闘士たちなどより はるかに素直にできていて、しかも 師であるアルビオレを心から尊敬し信頼しきっている瞬は、もちろん、それが詭弁や逃避である可能性を毫も考えませんでした。
けれど――。

「ゴールドランドの黄金聖闘士……? でも、それは――」
氷河王子は『(俺の恋人は)強ければ強いだけいい』と言っていました。
大切な仲間でもある氷河王子の恋人のことですから、もちろん瞬は妥協などしたくはありませんでした。
けれど、ゴールドランドの黄金聖闘士なんて、瞬にしてみれば雲の上の存在にも等しい人たちだったのです。
実は、とある事情があって、瞬は過去に黄金聖闘士を一人、二人、倒したことがあったのですけれど、瞬はそれを ただのまぐれだと思っていました。

師の提案に躊躇する瞬を、アルビオレは あくまでも誠実かつ真摯な眼差しと口調を保ったまま、優しく諭しました。
「なに、遠慮することはない。私がミロかアフロディーテに紹介状を書いてやろう。彼等は私に負い目があるから――いや、親切で高潔な男たちだから、必ずや おまえの願いを叶えてくれるだろう」
敬愛する師にそこまで言われると、瞬も それ以上 彼に反駁することはできませんでした。
瞬自身、氷河王子には最高の恋人をと願っていましたからね。
そういう経緯で、予定がかなり狂ってしまいましたが、瞬はアルビオレが書いてくれた紹介状を持って、この地上世界で最高位の聖闘士である黄金聖闘士のいるゴールドランドに向かうことになったのです。


「間一髪だったな。ブロンズランドの氷河王子というと、得体の知れない踊りで黄金聖闘士さえも煙に巻き、“踊るマザコン”として有名な男だろう。そんなものの恋人にさせられたら、世間の物笑いの種になるだけだ」
シルバーランドのお城を出ていく瞬を見送りながら、我が身に降りかかる災厄を かろうじて逃れられたことに安堵して、ペルセウス座の白銀聖闘士アルゴルが そう呟いたこと、他の白銀聖闘士たちが そんな彼に同調して一斉に頷いたこと、アルゴルに頷いた白銀聖闘士たちの中に 敬愛する師であるアルビオレが含まれていたこと――を、もちろん瞬は知りませんでした。






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