予定外のことでしたが、そうして瞬が訪れたゴールドランド。 そのお城の門が瞬のために速やかに開かれたのは、アルビオレの紹介状がものを言ったのか、あるいは、訪問者が“生ける伝説”の一角を為す青銅聖闘士の一人だったからなのか。 いずれにせよ、瞬は、彼が想像していたより ずっと簡単にゴールドランドのお城に入ることができました。 そして、12人の黄金聖闘士たちとの対面も 至極あっさり叶ったのです。 ゴールドランドのお城の広間にずらりと並んだ12人の黄金聖闘士たちに全く気後れを感じなかったといえば、それは嘘になりますが、すべては氷河の身の安全と幸福を守るためと自らを鼓舞して、瞬は彼等に この訪問の目的を告げました。 つまり、 「ゴールドランドで いちばん強い方をブロンズランドにご招待したいのですが、ゴールドランドで いちばん強い方はどなたですか」 と。 俗に、『名将は名将を知る』と言います。 ゴールドランドの黄金聖闘士たちは、ブロンズランドの“生ける伝説”の強さを、シルバーランドの白銀聖闘士たちより よく知っていました。 その“生ける伝説”の一人がゴールドランドを訪ねてきたというので、彼等は実は内心で 戦々恐々していました。 けれど、“生ける伝説”である最凶最悪の聖闘士は、別にゴールドランドに攻め入ってきたのではないようです。 そうと知るや、彼等は、“生ける伝説”への恐れを速やかに忘れました。 そして、恐れの気持ちが消えた彼等の胸中では、持ち前の自信と自負が頭をもたげてきたのです。 「ゴールドランドで いちばん強い者? それはもちろん」 「それはもちろん、この俺だ」 「何を言う、この私だ」 「やっぱり、俺だろ」 「いやいや、俺だ」 「冗談も休み休み言いたまえ、この私だ」 「わし、わし、わし」 「俺こそ、最強」 「やはり、ここはこの俺が」 「俺を忘れてもらっては困る」 「それはどう考えても私だろう」 「君は全くお呼びではない。この私だ」 御三家筆頭で格の高い国の聖闘士だけあって、ゴールドランドの黄金聖闘士たちは皆 自信家ばかりでした。 そして、12人もいるのに、ただの一人も謙虚の美徳というものを持ち合わせていませんでした。 ゴールドランドの黄金聖闘士たちは侃々諤々喧々囂々、誰もが『我こそが最強の聖闘士』と言い張って譲りません。 瞬は、氷河王子の恋人は一人いれば十分と思っていたので、そんな12人の聖闘士たちの横で対応に窮し、おろおろすることになりました。 幸いなことに、ゴールドランドの黄金聖闘士たちは 揃いも揃って口より先に手が出る男たちだったため、すぐに口争いの不毛を悟り、『話し合いで決まらないことは その実力でもって決めよう』ということになったのです。 『これから総当たり戦で最強の黄金聖闘士を決めることにする』と宣言した黄金聖闘士たちに、瞬は ほっと安堵の胸を撫でおろしました。 瞬は、『話し合いでは埒があかないから、君が決めてくれ』なんて言われたらどうしようと、それを案じていたのです。 それこそ、自分が彼等と戦って最強の黄金聖闘士を決めなければならなくなるのではないかと。 けれど、それはしなくて済みそうです。 争い事の嫌いな瞬には 黄金聖闘士たちの決定は とても喜ばしいことでしたので、瞬は彼等の分別に感謝して、彼等にお礼を言いました。 「わざわざありがとうございます。氷河も きっと喜びます」 「氷河?」 なぜ ここでその名が出てくるのか、なぜ最強の聖闘士が決まると氷河が喜ぶのか。 瞬の言葉の意味がわからなかった黄金聖闘士たちは、一斉に その首をかしげました。 「氷河……というのは、キグナス――白鳥座の聖闘士のことか? 最強の黄金聖闘士が決まると、なぜ彼が喜ぶのだ?」 双子座の黄金聖闘士が、12人の黄金聖闘士を代表して、瞬に尋ねてきます。 彼の疑念は当然のものだったでしょう。 なぜ最強の黄金聖闘士をブロンズランドに招きたいのか、その理由を、瞬は まだ彼等に知らせていませんでしたから。 「はい。実は、王子が恋をしてくれないので、我がブロンズランドは今にも革命が起こりそうな状況なんです。それで、僕、我が国の氷河王子の恋人になってくれる人を捜して、ゴールドランドにやってきました。氷河の好きなタイプは強い人で、強ければ強いほどいいそうなんです。ですが、氷河の恋人は二人もいりませんから、皆さんで最強の黄金聖闘士を決めてもらえると、とても助かります。見事 最強の黄金聖闘士となった方には、我が国の王子の恋人として ブロンズランドにいらしていただきたいのですが……」 「なんだとーっ !? 」 『どーして、それを先に言わないのだ!』と、黄金聖闘士たちは思ったことでしょう。 瞬のゴールドランド来訪の目的を聞かされた黄金聖闘士たちは、誇り高き聖闘士にあるまじき勢いで頬を青ざめさせ、そして尻込みを始めてしまったのです。 「いや、俺としたことが、身の程知らすに詰まらぬ見栄を張ってしまった。ぶっちゃけた話、このゴールドランドでいちばん強いのは やはり、偽とはいえ教皇を務めたこともあるサガか、“最も神に近い男”と評されているシャカということになるだろう」 「えっ !? 」 それまで 我こそが最強の黄金聖闘士と自信満々で言い張っていたサガの顔が、アイオリアのその発言を受けて、にわかに引きつります。 「アイオリアの言う通り、私も見苦しい見栄を張っていた。我がゴールドランドで最強といえば、やはりサガかシャカのいずれかだろうな」 「なにっ !? 」 カミュの言い草を聞いたシャカは、仮にも聖闘士の中で最高位に位置する誇り高き黄金聖闘士が仲間を売るなんて卑怯もいいところだと思いました。 突然、らしくもなく謙虚になってしまった仲間たちに、サガとシャカは思い切り慌ててしまったのです。 けれど、仲間たちの推薦状より はるかかに二人を慌てさせたのは、 「でしたら、サガとシャカのどちらかを我がブロンズランドにご招待したいのですが……」 という、瞬の控えめな招待状でした。 「アンドロメダ……」 最凶最悪の“生ける伝説”の“お願い”です。 サガもシャカも、できれば瞬に逆らうようなことはしたくありませんでした。 瞬の“お願い”が、他の何事かであったなら。 他の何事かであったなら、サガとシャカはもちろん “生ける伝説”に逆らうような危険を犯すことはしなかったでしょう。 けれど、それは他の何事かではなかったのです。 ですから、シャカは、瞬に言いました。 「アンドロメダ。もし 君の国の王子が強い者を求めているというのなら、君はオリュンポスの神々に会いに行くべきだろう。オリュンポスは何といっても、この地上世界に君臨する神々の御座所。人間より神が強いのは、ある意味 常識。大切な王子の恋人を求めるのに、中途半端な妥協はすべきではない」 自分以上に正しく 真偽や善悪の判断をできる者はいないという顔で そう告げるシャカに、黄金聖闘士たちは大いに感心したのです。 これがまさか卑劣極まりない詭弁、卑怯極まりない逃避行為だなんて、神様でも思うまいと。 黄金聖闘士たちなどより はるかに素直にできていて、しかも 聖闘士の最高位にある黄金聖闘士たちを心から尊敬し信頼しきっている瞬は、もちろん、それが詭弁や逃避である可能性を毫も考えませんでした。 けれど――。 「オリュンポスの神々……? でも、それは――」 氷河王子は『(俺の恋人は)強ければ強いだけいい』と言っていました。 大切な仲間でもある氷河王子の恋人のことですから、もちろん瞬は妥協などしたくはありませんでした。 けれど、オリュンポスの神々なんて、瞬にしてみれば雲の上の存在にも等しい人たちだったのです。 実は、とある事情があって、瞬は過去にオリュンポスの神々を一柱、二柱、倒したことがあったのですけれど、瞬はそれを ただのまぐれだと思っていました。 最も神に近い男と呼ばれている黄金聖闘士の提案に躊躇する瞬を、シャカは あくまでも自信と確信に満ちた口調を保ったまま、もっともらしく諭しました。 「なに、遠慮することはない。私がアテナかハーデスに紹介状を書いてやろう。彼等は地上に愛着と執着があるから、これ幸いと――いや、心優しく高潔な神々だから、必ずや君の願いを叶えてくれるだろう」 最も神に近い男にそこまで言われると、瞬も それ以上 彼に反駁することはできませんでした。 瞬自身、氷河王子には最高の恋人をと願っていましたからね。 そういう経緯で、予定がかなり狂ってしまいましたが、瞬はシャカとサガが連名で書いてくれた紹介状を持って、この地上世界に君臨する神々のいるオリュンポスに向かうことになったのです。 「間一髪だったな。ブロンズランドのキグナス氷河というと、得体の知れない踊りで俺を煙に巻いてくれた、あの“踊るマザコン”だろう。そんなものの恋人にさせられたら、世間の物笑いの種になるだけだ」 ゴールドランドのお城を出ていく瞬を見送りながら、我が身に降りかかる災厄を かろうじて逃れられたことに安堵して、蠍座スコーピオンのミロが そう呟いたこと、他の黄金聖闘士たちが そんな彼に同調して一斉に頷いたこと、ミロに頷いた黄金聖闘士たちの中に 氷河王子の師であるカミュまでが含まれていたこと――を、もちろん瞬は知りませんでした。 |