ここまできたら、賢明な皆さんには 既に次の展開がおわかりでしょう。 オリュンポスで瞬を出迎えた神々――アテナ、ポセイドン、ハーデス、アポロン、アルテミスたち――は、最初のうちこそ『我こそが最強の神』と言い張って譲りませんでしたが、瞬のオリュンポス来訪の目的を聞くなり、揃って謙虚の美徳を発揮し始めました。 たとえ神であっても、恐いものは恐いのです。 もっとも、神々が恐れたのは氷河王子当人の力ではなく、『あれがブロンズランドの氷河王子の恋人だ』と、人々に後ろ指を指されることだったでしょうけれど。 「我がブロンズランドの氷河王子は、眉目秀麗、容姿端麗、文武両道。ブロンズランドは御三家の中では格下ですが、氷河の力は、シルバーランドやゴールドランドの聖闘士たちの力に劣るものではありません。氷河は心根も優しく、愛情深く――」 瞬の懸命にプレゼンテーションに、『でも、恥ずかしい変な踊りを踊るマザコンなんだろ』とも言えず、神々の顔は引きつるばかりでした。 オリュンポスにおいて、シルバーランドのアルビオレ、ゴールドランドのシャカの役目を務めたのは、知恵と戦いの女神アテナでした。 彼女は、優しく瞬の手を取り、 「瞬。あなたは来るところを間違えたようね」 と、慈愛に満ち満ちた眼差しで言いました。 そして、自分ほど地上の平和と安寧を望んでいる神はいないと言わんばかりの表情で、瞬の説得にとりかかったのです。 「私は、天界、海界、冥界 及び地上世界で最も強い者は、神ではなく人間だと思っているの。確かに オリュンポスには地上世界の御三家以上の権威があるし、個々の神々の力も強大だわ。でも、実際に地上を治めているのは人間でしょう。ここオリュンポスには、人間に成り変わって地上支配をしようと目論んだ神々もいるけど、そのことごとくが人間たちに撃退された。しかも、撃退したのは、シルバーランドの白銀聖闘士でもゴールドランドの黄金聖闘士でもなく、あなたたちブロンズランドの青銅聖闘士だったわ。つまり、あなたの国にこそ、世界最強の戦士がいるのよ。私は、人間の持つ愛の力と、愛の力が持つ無限の可能性を信じています。あなたたち人間の愛の力は、時に、我々神々の力も及ばないほど強い力を発揮する。あなたが求める最強の者は、あなたの国にいるのよ」 人間たちへの信頼と愛をたたえた眼差しと口調で そう告げるアテナに、オリュンポスの神々は大いに感心したのです。 これがまさか卑劣極まりない詭弁、卑怯極まりない逃避行為だなんて、仏様でも思うまいと。 オリュンポスの神々などより はるかに素直にできていて、しかも知恵と戦いの女神アテナを心から尊敬し信頼しきっている瞬は、もちろん、それが詭弁や逃避である可能性を毫も考えませんでした。 けれど――。 「ブロンズランドの人間が最強……?」 氷河王子は『(俺の恋人は)強ければ強いだけいい』と言っていました。 大切な仲間でもある氷河王子の恋人のことですから、もちろん瞬は妥協などしたくはありませんでした。 けれど、それでは、“ふりだしに戻る”ではありませんか。 畏れ多くも神の言葉に戸惑う瞬を、アテナは あくまでも慈愛と信頼に満ちた眼差しと口調を保ったまま、優しく諭し続けました。 「さあ、瞬。一刻も早く、あなたの国に戻りなさい。あなたが求める人は、あなたのすぐ近くにいるはずよ」 敬愛するアテナにそこまで言われると、瞬も彼女に反駁することはできませんでした。 瞬自身、氷河王子には最高の恋人をと願っていましたからね。 そういう経緯で、予定がかなり狂ってしまいましたが、瞬は自分の故国であるブロンズランドに帰ることになったのです。 「人間とはなんと卑劣な生き物なのだ。自分たちが引き取りたくないからといって、それを神に押しつけようとするとは。ブロンズランドの氷河王子というと、得体の知れない踊りで聖闘士ばかりか神々をも煙に巻き、“踊るマザコン”として有名な男だろう。そんなものの恋人にさせられたら、世間の物笑いの種になるだけだ」 オリュンポスの神殿を出ていく瞬を見送りながら、我が身に降りかかる災厄を かろうじて逃れられたことに安堵して、海界の王ポセイドンが そう呟いたこと、他の神々が そんな彼に同調して一斉に頷いたこと、ポセイドンに頷いた神々の中に 敬愛する女神アテナが含まれていたこと――を、もちろん瞬は知りませんでした。 そして、オリュンポスを立ち去り故国への帰路に就いた瞬に、冥界の王ハーデスが何やら怪しげな視線を向けていたことも。 |