御三家で最も格下のブロンズランドの青銅聖闘士よりシルバーランドの白銀聖闘士の方が強い。 シルバーランドの白銀聖闘士より、ゴールドランドの黄金聖闘士の方が強い。 ゴールドランドの黄金聖闘士より、オリュンポスの神々の方が強い。 オリュンポスの神々より、愛の力によって無限の可能性を持つ人間の方が強い――。 ブロンズランドの大臣たちの言い分、シルバーランドの白銀聖闘士たちの言い分、ゴールドランドの黄金聖闘士たちの言い分、オリュンポスの神々の言い分は、それぞれ至極尤も。 瞬は決して、彼等の言い分に納得していないわけではありませんでした。 けれど。 知恵の女神であるアテナの意見に異議を唱えることなど思いもよらず、彼女の勧めに従って素直にオリュンポスをあとにした瞬は、内心では途方に暮れていたのです。 結局 自分は氷河王子の恋人を見付け損なったのではないか――ブロンズランド存亡の危機に関わる大切な任務を全うすることができなかったのではないか――と。 このまま何一つ得るもののないまま ブロンズランドに帰っても、革命を回避することはできません。 瞬の この旅の目的は、ブロンズランドに迫りくる革命の嵐を回避し、氷河王子の身の安全と幸福を守ることだったというのに。 このまま手ぶらで故国に帰ってしまってもいいのだろうかという迷いのせいで 馬を急がせる気にもならず、馬の手綱を引いて てくてくとオリュンポス山の麓まで下りてきた瞬は、そこで思いがけない人――もとい、思いがけない神――に出会いました。 それは ついさっきオリュンポス山の頂に建つ神殿で別れてきたばかりの神。 オリュンポスの神々の中でも特別な力を有するがゆえに オリュンポス12神として他の神々と同列に数えられることのない冥府の王ハーデスでした。 なぜ彼がここにいるのかと驚いた瞬に、冥府の王は言いました。 「余は、アテナのように、窮地に立っている者を冷たく突き放すことができない。そなたが気の毒すぎるのでな。キグナスの恋人の世話くらい、余がしてやってもよいぞ」 「えっ」 ハーデスの言葉は、瞬にとっては思いがけないものでした。 あまりに思いがけなくて、瞬は、ハーデスの親切(?)を単純に喜んでしまっていいのかどうかを迷ってしまったのです。 ですが、大事な使命を帯びてブロンズランドを出てきた使者が 手ぶらで故国に帰ることの是非に迷い、瞬が進退窮まっていたのは確かな事実。 ハーデスの提案は、少なくとも 膠着状態に陥っていた瞬の心を刺激し、動かしてくれるものではあったのです。 戸惑いと期待が ないまぜになっている瞬に、ハーデスは、彼の親切実行の条件を突きつけてきました。 「そなたが余のものになるのなら、キグナスの恋人の一人や二人、余がすぐに見繕ってやろう。とにかく強ければいいのだな?」 「は……はい。でも、あの……」 「アテナはああ言っていたが、個々人の強さでは、やはり人間は神に勝ることはあるまい。可能性は可能性にすぎず、実際の強さではないのだ」 「はい……」 「そなたも、故国を窮状から救う任務を負ってオリュンポスまでやってきたのに、その務めを果たすことなく、おめおめと手ぶらで帰るのは心苦しかろう。このまま帰ったのでは、そなたは故国のために何もできなかったということになる」 「……」 ハーデスの言葉は、いちいち的を射ていました――的確に瞬の心を言い当てていました。 故国の平和のため、氷河王子の身の安全と幸福を守るために自分が何もできないこと。 それが、瞬は悲しかったのです。 何もできない自分の無力に、瞬は怒りさえ感じていました。 「余が、最強の恋人をブロンズランドに送ることを約束しよう。少なくとも、地上の人間たちには決して倒すことのできない者を。そして、その約束が果たされた時、そなたは余のものになるのだ」 「そ……それは とても有難い申し出なのですが、でも、あの……」 ハーデスの申し出は、瞬には本当に有難いものでした。 けれど、本音を言えば、瞬はハーデスのものになどなりたくなかったのです。 いつも いつまでも氷河王子の側にいて、氷河王子の身の安全と幸福を守るために務めること。 それが瞬のたった一つの望みでしたから。 けれど、氷河王子が恋をしないと、ブロンズランドは革命の嵐に見舞われ、氷河王子はギロチンにかけられてしまうかもしれません。 命を奪われることがなかったとしても、王子様でなくなったら、甲斐性のない氷河王子は きっと野垂れ死にしてしまうでしょう。 瞬は、氷河王子が大好きした。 そんなことにはなってほしくありません。 もちろん、そんなことになったら、瞬はできる限り氷河王子を助けるつもりでしたが、氷河王子は、“生ける伝説”の一人として へたに戦闘力だけは備えている上、恰好の悪いことが大嫌いで プライドが高いので、人に助けられることを嫌がるかもしれません。 いいえ、きっと嫌がります。 となれば、氷河王子の命と幸福を守るためには、どうしても強い恋人が必要。 氷河王子の命と幸福を守るために、結局 瞬はハーデスの提案を受け入れるしかなかったのです。 |