瞬がブロンズランドのお城に帰り、事の次第を偉い大臣たちに報告するために お城の大会議室に入っていくと、そこでは上を下への大騒ぎが起きていました。 瞬の帰着した時がちょうど、氷河王子が会議室に偉い大臣や星矢たちを集めて怒髪天を衝いた時だったのです。 「あの……ただいま帰りました……。何かあったんですか……?」 ダイヤモンドダスト発射の態勢に入りかけていた氷河王子が、瞬の登場に気付くと すぐさまダンスをやめて、会議室の扉の前に立つ瞬に向かって駆け出します。 強力な引力に引かれた彗星が太陽に落下衝突するかのような勢いで 瞬の許に駆け寄ってきた氷河王子は、その勢いのまま瞬の身体を抱きしめ、広い会議室中に木霊するような大声で わめき始めました。 「瞬ーっ! どこに行っていたんだ! おまえの仕事は俺の側にいることだぞ! おまえは 俺の恋人探しなんかしなくていいんだっ !! 」 「ひ……氷河……」 瞬は、氷河王子の許しを得ずに、氷河王子の恋人探しの旅に出ましたからね。 瞬がいなくて不機嫌になった氷河王子が暴れ出したので、結局 偉い大臣や星矢たちは、氷河王子に本当のことを正直に言うしかなかったのです。 本当のことを知らされた氷河王子が、それで暴れるのをやめたかというと、そんなことはなく、事実を知った彼は ますます怒り狂って、今まさにダイヤモンドダスト発射態勢に入ったところだったのでした。 「それが……」 氷河王子に強く抱きしめられて、瞬はとても困ってしまったのです。 氷河王子はスキンシップが大好きな王子様でしたので、突然彼に抱きしめられることには瞬は慣れていたのですが、成功したのか失敗したのか わからない任務の結果報告をするのは、瞬は これが初めてでしたから。 「僕、大臣たちの会議決定の通り、最初はシルバーランドに行ったの。そしたら、そこで、白銀聖闘士たちに、ゴールドランドの聖闘士の方が強いと言われて――。ゴールドランドに行ったら、黄金聖闘士よりオリュンポスの神々の方が強いと言われ、オリュンポスに行ったら、無限の可能性を持つ人間こそが最強と言われて、僕、結局 氷河の恋人にふさわしい人を見付けてくることができなかったの。子供のお使いみたいなことしかできない役立たずの使者で ごめんね、氷河」 瞬の任務が失敗に終わったのなら、それは氷河王子には むしろ喜ばしいことでした。 氷河王子は、自分の恋人の世話を人にしてもらいたいなんて思ったことは、これまで ただの一度もありませんでしたから。 氷河王子は、むしろ、任務の失敗を瞬が詫びてくること――任務の失敗を 瞬が心から悲しんでいるらしいことに傷付いてしまったのです。 「つまり、どこの国の奴等もみんな、氷河を引き取りたくなくて、瞬を たらいまわしにしたわけか」 「こればっかりはなー。多分、俺でもそうするぜ」 まるで 子供が母親に すがりつくように しっかりと抱きしめたまま 瞬を離そうとしないでいる氷河王子と、そんな氷河王子の胸の中で しおれている瞬の横で、紫龍と星矢は極めて正直かつ率直な ご意見ご感想を(瞬を慰めるために)口にしたのですが、それはどうやら瞬の耳には届かなかったようでした。 「きっと氷河が強くて綺麗すぎるから、どの国の聖闘士も神々も気後れしたんだと思うけど……」 任務失敗の弁解をしようとしたのではなく、氷河王子が事の顛末に傷付くことがないようにという思い遣りから 瞬が告げた その言葉にも、星矢と紫龍は、『それは絶対に違う』と思っていました。 星矢たちの見解はさておき、瞬の申し訳なさそうな任務失敗報告を聞いた氷河王子は、瞬の消沈の原因は、ブロンズランドの王子の意向を確かめることなく勝手なことをした大臣たちや、ブロンズランドの王子の恋人探しの旅に出る瞬を止めようとしなかった星矢たちではなく、ブロンズランドの王子当人にこそあるという事実を認めることになったのです。 『好きなタイプは強い人』 その発言の真意を きっちり瞬に知らせずにいた自分がいけなかったのだと。 氷河王子は、自分の過ちに気付いたら、すぐに その過ちを認め、反省し、正すことのできる王子様でした。 ですから、自分の非を悟ると、氷河王子はすぐに『好きなタイプは強い人』発言が真に意味するところを瞬に告げたのです。 「俺が強い人間が好きだと言ったのは、大切な人を マーマのように失いたくと思ったからだ。俺の好きな人が おまえくらい強かったら、その可能性が減るだろう? 俺はもう二度と マーマを失った時のような悲しみを味わいたくないと思っただけなんだ。俺の好きなタイプというのなら、それはもちろん、おまえみたいに強くて、おまえみたいに可愛くて、おまえみたいに優しくて、おまえみたいに清らかで――」 「氷河……。王妃様との別れがつらかったから、強い人が好きだなんて……。氷河が強い人を恋人にしたい理由が そんな切ない理由だったなんて……」 それは、氷河王子 一世一代の告白でした。 もちろん、氷河王子の告白は、瞬の胸を打ちましたよ。 氷河王子の告白を聞いた瞬は、感動のあまり、ぽろりと綺麗な涙を零したくらいでした。 ただ、この場合 問題だったのは、氷河王子の一世一代の告白の後半部分を、瞬が全く聞いていなかったことだったでしょう。 氷河王子が 氷河王子を悲しませることのない強い恋人に出会い、つらい思いをしなくて済むようになるのなら、自分の身などどうなってもいいと、瞬氷河王子の告白を聞いた瞬は即座に覚悟を決めたのです。 覚悟を決めて、瞬は氷河王子に言いました。 「氷河、安心して。僕は完全に任務に失敗したわけじゃないんだ。冥府の王ハーデスが、氷河に最強の恋人を紹介するって約束してくれたの」 「ハーデスが? 何のためにだ。あの辛気臭い陰気野郎は、また この地上を死の世界にしたいとか、そんなことを企んでいるのか?」 冥府の王ハーデスが人間に親切にするなんて、冥界が天上界になっても あり得ないことです。 ハーデスは何か よからぬことを企んでいるに違いないと決めつけて、氷河王子は瞬に尋ねました。 瞬が、瞳にまだ少し涙が残っている瞳で氷河王子を見詰め、首を横に振ります。 「それはないと思うから、大丈夫だよ。ハーデスは、氷河に強い恋人を紹介する代わりに、僕を自分のものにするって言ってたよ。ハーデスは、地上じゃなく 僕が手に入れればいいみたい。もしかしたら、冥界は人材不足が深刻で、小間使いに雇えるような人がいないのかもしれないね」 いつも いつでも氷河王子の側にいて、氷河王子の身の安全と幸福を守るために務めることこそが、瞬のただ一つの望みでした。 そんな瞬にとって、氷河王子の側を離れハーデスの許に行かなければならないことは、とても つらく悲しいことだったのです。 けれど、それが氷河王子の命と幸福を守るためだというのなら――そのためになら 自分はどんなことでもできると、瞬は今は心から思うことができたのです。 氷河王子は、絶対に そんなことを瞬に許すつもりはありませんでしたけれどね。 「代わりに おまえをよこせだとーっ !? 」 仮にも神を名乗る男が、なんて せこい手を使うのでしょう。 氷河王子にはハーデスの魂胆が手に取るようにわかりました。 要するに、実は氷河王子も ハーデスと大差のないことを 以前から望んでいましたから。 突然 ブロンズランドのお城の大会議室に 金銀二柱の神が姿を現わして、 「ハーデス様のご命令で、ブロンズランドに行き、キグナスを倒して、強さの証明をしてこいと言われてきたのだが――」 と言い出したのは、ハーデスの せこいやり口を知らされた氷河王子が怒髪天を衝いて大声をあげた、まさにその瞬間でした。 |