「だ……誰っ !? 」
「僕は――」
小さな自分に、この事態をどう説明したものか――。
瞬は答えに窮したのだが、幼い瞬には、自分を抱きしめ温めている大人の正体より もっとずっと大事で気に掛かることがあったらしい。
見知らぬ大人が、もう一人の子供を抱きかかえていること、その子供の瞼が閉じられていることを認めて、幼い瞬は真っ青になった。
「氷河……氷河は どうしたのっ !? 」
「眠ってるだけだから大丈夫だよ。さっきまで ずっと一人で君を必死に守ってたんだけどね。君はもう大丈夫だよって言ったら、安心して眠ったところ」
「あ……よかった……」

『よかった』と呟く言葉とは裏腹に、幼い瞬の瞳には涙が にじみ始めた。
自分が無力な子供にすぎず、大切な仲間を幸福にしてやれないことを嘆いていたのは、氷河だけではなかったのだろう。
大人の氷河が、そんな瞬に、ぶっきらぼうに――だが、彼にしては優しい響きを作ろうという努力の跡の感じられる声で尋ねた。
「この生意気なガキに、無理矢理ここまで連れてこられたのか」
「えっ」
それは、小さな瞬には思いがけない言葉だったらしい。
幼い瞬は、どんな迷いも ためらいの様も見せずに、大きく はっきり首を横に振った。

「違うよ! 氷河は――氷河は、僕がアンドロメダ島に行くのを恐がってたから、僕を助けようとしてくれたの。氷河はマーマのいるところに行けるのに――行きたいところに行けるのに、僕が恐がってるから、僕のために 逃げようって言ってくれたの」
「そう……。氷河は優しいんだね」
「うん!」
小さな瞬が、再度、迷いなく首肯する。
子供の瞬は、氷河の優しさを――優しさだけを――信じきっているようだった。
その素直さ、残酷さに、瞬は切ない気持ちになったのである。
己れの無力を嘆く小さな氷河の思いを、氷河の優しさだけを信じ切っている幼い瞬に教えてやるわけにはいかないので、なおさら。

「この子たちは、大人の僕たちより ずっと思い遣り合って、信じ合ってるみたい」
幼い瞬に真実を告げる代わりに、大人の氷河に向かって、瞬はそう言った。
小さな瞬が、自分たちの傍らに立つ金色の髪の大人に何かを感じたらしく、不思議そうな目になる。
大人の氷河は、二人の瞬に対して それぞれに 気まずさと――もしかしたら気恥ずかしさも? ――覚えたのか、わざと素っ気ない様子で頷いてみせた。
「そうだな。だが、このままにはしておけない。この子たちは、自分の運命に立ち向かわなければならない」
「うん……」

粗末で頼りない小屋に悲鳴を上げさせていた海風が、今は聞こえなくなっていた。
風は、夜の陸風に変わろうとしている。
百人もの子供たちを それぞれの修行地に送り出す作業のために 今の城戸邸は混乱を極めているだろうが、さすがに2晩続けて子供の姿が見えないのでは、二人の逐電を誰にも気付かれずにいるのは無理な話だろう。
大人の氷河と瞬は、幼い二人を、彼等の運命の入り口に連れ戻してやらなければならなかった。
運命は、立ち向かっていくもの、逃げるべきものではないと思うから。
立ち向かい、乗り越えることで手に入れる強さと幸福の意味を、大人の二人は知っていたから。
だから、二人は、幼い自分たちに逃げてほしくはなかったのである。
彼等の、それぞれの運命から。






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