「そりゃあ、氷河と瞬は、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間だけどさ。命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間っていうなら、一応 俺たちだってそうだろ。なのに、氷河に避けられるのが そんなに つらいっていうのなら、瞬もほんとは氷河のことが好きだったのかな?」 「その点に関しては何とも言えないが、氷河が自分に好意を抱いていることは、瞬にも感じ取れていたのではないか? その氷河が態度を一変させたから、瞬の受けたショックも大きかったんだろう」 「んー。瞬なら、そのレベルかもな。でも、こうなったら もう、あの二人、くっつくしかないだろ」 そして、氷河と瞬の物語は大団円を迎えるのだ――と、星矢は信じていた。 氷河が以前から瞬に執着していたのは紛れもない事実であり、瞬もまた 今回のことで、氷河が側にいないと平穏な心を保てない自分自身を自覚しただろう。 同性同士のそれをハッピーエンドと言っていいのかどうか――などという細かいことに こだわる星矢ではなかった。 大事なのは、当人同士の気持ちなのだ。 ごく自然に そういう結論に落ち着いて、星矢はラウンジで 氷河と瞬のハッピーエンド報告を待っていたのである。 およそ小1時間ほど。 星矢としては、それで十分に待ったつもりだった――待たされた気になっていた。 痩せても枯れても、瞬はアテナの聖闘士である。 そして、日本はシベリアでも極地でもない。 たかが日本の冬の ある日、普段着で外に1、2時間 佇んでいたからといって、アテナの聖闘士である瞬が 本当に身体を壊すわけがない。 当然 瞬はすぐに目覚めるだろうと、星矢は思っていた。 そして、枕許にいる氷河の姿を認め、自分は氷河に避けられていたのではなかったのだと安堵し、喜ぶ。 この一連の流れが終わるまで、長くても30分――と、星矢は踏んでいた。 もし予定通りに事が運ばなくても、それならそれで何らかの騒動が起こって、それとわかるはず。 そう、星矢は思っていたのだ。 にもかかわらず、不気味なほどの静けさを保ったまま、既に1時間。 この長い静寂は、星矢にとって、十分に異常事態といえるものだった。 「静かだな」 同じようなことを、紫龍も考えていたらしい。 「まさか、氷河の奴、職務放棄して逃げたんじゃないだろうな!」 今になって最悪パターンの可能性に思い至り、星矢は掛けていた椅子から派手な音を響かせて立ち上がった。 もちろん、星矢と紫龍は、すぐさま その足で瞬の部屋に向かったのである。 万が一、事が順調に進展し、氷河と瞬の険悪ムードが消え和解に至っていた場合のことを考慮し、静かに音を立てぬよう注意して、瞬の部屋のドアを 少しずつ開く。 そして、彼等は、彼等が作ったドアの隙間から とんでもない場面を目撃することになってしまったのだった。 氷河と瞬からハッピーエンド報告がなかったのも、一悶着起こった気配が感じられなかったのも、決して氷河が瞬の許から逃亡を図ったせいではなかった。 それは、ただ単に、瞬がまだ意識を取り戻していなかっただけのことだった。 だが、だからといって、その場に問題になる事態が何も起こっていなかったわけではない。 瞬はまだ意識を取り戻してはいなかった。 氷河は、ちゃんと その枕許にいた。 ここまでは、星矢の想定通り、指示通りである。 だが、氷河のいる“枕許”が問題だった。 氷河は、本当に、瞬の枕許にいたのだ。 彼は、眠っている瞬の上に身を屈め、その唇に自分の唇を重ねていた。 「ひ……氷河ーっ! おまえ、何やってんだよっ! 瞬の寝込みを襲うなんて、それがアテナの聖闘士のすることかーっ !! 」 瞬が目覚めているのなら――瞬との合意が取りつけてあるのなら、もっと怪しい行為に及んでいても、星矢は氷河に何を言うつもりもなかった。 しかし、今の瞬は、氷河に 承諾の意思も拒絶の意思も示すことができない状態にあるのだ。 こうなると、二人の仲直り作業の邪魔になることを考慮して静かになどしていられない。 星矢は、叩き割るように大きな音を響かせて瞬の部屋のドアを開け、その音より大きな声で、意識のない瞬に不届きな真似をしている氷河を怒鳴りつけた。 瞬が、その大音声のせいで目を開け、氷河が素早く瞬の上から身を引く。 「星矢……どうかしたの? 何かあったの?」 「何かあったも なかったも、このド助平の不埒者が……!」 「不埒者……?」 瞬は、たった今 自分が氷河に何をされていたのかに、全く気付いていないらしい。 はたして その事実を瞬に知らせることは是か非か。 迷ったあげく、星矢は最終的に黙秘することを選んだ。 が、だからといって、このまま氷河を無罪放免にすることはできない。 星矢は無言で氷河の腕を掴みあげ、彼を瞬の側から引き離した。 そのまま、凶悪な性犯罪者を連行する警察官よろしく、彼を階下に引っ張っていく。 そうして、本日ただ今 唐突に警察署の取り調べ室と化したラウンジの中央のソファに容疑者氷河を座らせると、星矢は その二つの拳をセンターテーブルに勢いよく叩きつけた。 「いったい これはどういうことなのか、全部 吐いてもらおうか! 言っとくけど、俺は、どっかの国の警察や裁判所みたいに黙秘権なんて優雅な権利は認めないからな! 自己負罪拒否権なんてものも、おまえにはない!」 「せ……星矢。星矢、どうしたの」 氷河からは 彼が当然に有する権利を奪い、自分自身は脅迫・強要罪を犯そうとしている星矢を、瞬が戸惑ったような目をして見詰める。 しかし、そんな瞬をあえて無視して、星矢は、卑劣かつ最低な性犯罪者を睨みつけた。 |