本当に そう思っていたんだ、俺は。
俺の病院が 流行らない病院でよかったと。
おかげで、俺は、瞬に求められたら即座に、求められなくてもゴールディを心配する心優しく責任感ある名医として、瞬の許を訪ねることができたんだから。

ゴールディが弱っているのは事実のようだった。
そして、(なぜか)俺が診察に行くと元気になる(むしろ凶暴になる?)のも事実のようだった。
おかげで俺は、瞬の絶大な信頼を受けることになり――それがまずかった。
そのせいで、流行らないままで一向に構わなかった俺の動物病院が急に流行り出してしまったんだ。
俺の動物病院に初めて普通の患畜が来たのは、俺が瞬に出会った4日後のこと。
それは 瞬と同い年くらいの高校生らしき少年に抱えられた1匹のゴールデンハムスターだった。

「ウチのハムチンが かつぶし削り器に前足 挟んじまってさあ、引き抜く時に刃で手を切っちまったらしいんだ。それで テキトーにバンソーコ貼ってたら ひどいことになっちまって、どーしたんもんかと頭 抱えてたら、瞬が――あ、瞬ちの猫がここで診てもらってるんだろ? 俺、瞬の友だちなんだ。うん、それで、瞬が、それなら絶対 ここに連れてくべきだって言うからさ。あんた、すげー名医なんだって?」
あの瞬の友だちとも思えない、敬語の『け』の字も知らないような そのガキは、そう言って、右の手が3倍くらいに腫れあがったハムスターを診療台の上に乗せ、俺の病院の こけら落としをしてくれた。
そんな状態のハムスターを見るのは初めてだったが、手の腫れの原因は明白だったし、何より俺は あのゴールディを知った後。
あれに比べたら、手が野球のグローブになったハムスターごとき、驚くには値しない。
もちろん 俺は、迅速 かつ 適切に処置してやって、その礼儀知らずのガキは診療から3日後に、『治療前、治療後』のハムスターの写真を 完治の礼だと言って、俺のところに持ってきた。
あのハムスターは、完全に 礼儀知らずのガキの玩具にされているな。

それからあとは、雪だるま式――いや、動物病院のことだから、ここはネズミ算式と言うべきか。
俺の病院には、次から次へと患畜が連れてこられることになった。
逆に、俺の病院に閑古鳥が飛んでくることはなくなり、俺は散歩に出ることはおろか、昼飯を食う時間さえ ろくに取れなくなってしまったんだ。
犬や(普通サイズの)猫、ハムスター、ウサギ、モルモット、リス、小鳥を抱えて俺の病院にやってくるヒトたちは皆、瞬の知り合いだった。

「瞬ちゃんには いつも、公園でウチのマカロンちゃんと遊んでもらってるんですよ。それで、瞬ちゃんが、ここのお医者様は素晴らしい名医だって言ってて、瞬ちゃんがそう言うなら間違いないだろうと思って――」
「いやあ、先週の金曜日に、駅前の碁会所で、ウチのゴン太が最近 だるそうにしてるって言ったら、瞬ちゃんに、それなら一度キグナス動物病院に連れて行くべきだと力説されてねえ」
「わたくし、先日、超々高級ホテルのレストランで、ウチのパトリシアちゃんのお誕生日パーティを開きましたの。その際に、ウチのお上品なパトリシアちゃんに ふさわしい主治医はキグナス動物病院の氷河先生しかいないだろうと、瞬ちゃんに言われましたのよ。瞬ちゃんの言っていた通り、氷河センセったら、大変 高貴なお顔立ちで、ウチのパトリシアちゃんにふさわしいお医者様ですわ。白衣って、ほんと、いいわあ」
「あのねー。昨日、幼稚園のお庭でねー、私のぴょん子が昨日から ごはんを食べなくなってるのって言ったらねー、瞬ちゃんが、キグナス動物病院のひょーが先生に診てもらえばいいよって教えてくれたのー。ママに言ったら、瞬ちゃんの紹介なら だいじょぶだろーって。保険きくー?」

瞬の交友関係は実に謎めいていたが、それはさておくとして、彼等が彼等の大事なペットを俺の病院に連れてくる気になったのは、俺の腕に期待したからというより、瞬の言葉を信じたからのようだった。
瞬が『腕のいい医者だ』と言っていたんだから そうに違いないと、彼等は信じたわけだ。
瞬に、あの澄んだ瞳で見詰められながら言われたら 俺だって、それこそ『明日は太陽が西からのぼる』という言葉でも信じてしまうだろう。
俺以外の人間も、同じように瞬を信じた。
ただ それだけのことだ。

ただ それだけのことだから――瞬を嘘つきにしないために 俺は一生懸命、マカロンちゃんやゴン太やパトリシアちゃんやぴょん子の診療に務めたさ。
満面の笑みは無理でも、せめて むすっとしないように注意して。
まあ、もともと動物には好かれるたちで、俺自身も動物好き。
その上 飼い主が瞬の知り合いとなったら、あまり気張らなくても俺の顔は緩み――もとい、笑顔を作るのは それほど困難なことじゃなかったがな。

瞬の知り合いたちは、瞬から得た情報を 更に別の知り合いたちに伝えてくれたらしく、俺の病院には 徐々に 瞬を知らない飼い主も増えてきた。
だが、増え広がっていく患畜と飼い主の輪の中心にいるのは瞬なんだと思うから、その優しく美しい輪を壊さないように、俺は自分にできることを誠心誠意をもって遂行した。
それは多分、いいことだったんだろう。
俺の病院が軌道に乗っただけでなく――瞬の知り合いたちは 俺の誠意ある(?)対応を瞬に報告してくれて、俺は更なる瞬の信頼を勝ち得ることができたんだから。






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