約束の日、約束の時刻。 急患が来ることも多かったから、最近は休診日でも 必ず身に着けていた白衣を脱ぎ、ブラックタイにコートという出で立ちで、瞬を迎えに行った。 車はシトロエンの小型車だが、これは小回りが利くから仕方がない。 ブラックタイなのは、予約を入れてあるのがフレンチ・レストランだからで、あわよくば瞬に告白してしまおうという野望を抱いてもいたから。 初めて瞬に会った日に城戸邸で瞬と相伴させてもらったフレンチも なかなかのものだったが、舌の肥えたカミュが贔屓にしていた店だから、多分 瞬をがっかりさせることはないと思う。 ともかく、俺は その日、ずぼらな俺にしては細かいところまで気を配り、万全を期して瞬を迎えに行ったんだ。 「ゴールディちゃんが元気なかったから、僕 最近 ほとんど外出していなかったの。外で食事なんて久し振りです」 そう言って玄関に出てきた瞬は、細いシルエットの濃紺のスーツ。 しかし、瞬は 何を着ても性別不詳で可愛い。 スーツをここまで可愛く着こなせるのは、世界広しといえど 瞬の他には ただの一人もいないだろう。 祝い事の席に、タキシードを着せた犬を連れてくる飼い主が よくいるが、正直 あれはいただけない。 首に蝶ネクタイを貼りつけられたヨークシャーテリアやシーズーを見ていると、哀れで涙が出てくる。 頭に赤いリボンでも結び付けられていると最悪だな。 その点、俺の瞬は すべてを心得ている。センスがいい。 飾り気のないスタンダードな服が 自分の可愛らしさを最も引き立たせることを、瞬はちゃんと知っているんだ。 瞬が自分を可愛いと自覚しているかどうかは、はなはだ疑問だが。 なにしろ、瞬の目には あの化け物ゴールディが可愛く見えているらしいから。 「お誘い、ありがとうございます。僕、氷河先生に誘ってもらえて、とっても嬉しい」 「いや、俺こそ、無理を言ってしまったんじゃないかと――」 「無理だなんて。僕、氷河先生に、獣医さんっていう お仕事の素晴らしさに気付かせていただいて、それで 僕も獣医師になれないかなあって考え始めていたところだったんです。先生のお話を伺えたら嬉しいです」 「獣医? 俺の商売敵になるのか?」 「あ……そうじゃないの。そうじゃなくて、氷河先生のお手伝いができたら嬉しいなあ……って……」 どうだ、この 可愛らしさ! もはやハムスターの尻尾ごときでは太刀打ちできないぞ。 キャベツを齧る垂れ耳ウサギの鼻や口許だって、ここまで可愛いかどうか。 未だにゴールディの病名もわからないでいるっていうのに名医扱いされることには少々 気が引けたが、その事実を瞬に思い出させないよう、俺はスカしたツラで、 「その時には、ぜひ俺の病院に来てくれ」 とか何とか言いながら、瞬のために車のドアを開けてやった。 俺は、その時、得意満面、意気揚々。 俺の胸の中には明るく輝く希望だけがあった。 瞬を手に入れて、これからの俺の人生は ウナギのぼりに上昇するだけと固く信じていた。 まさか その数秒後、上昇気流に乗ったばかりの俺の人生に巨大な障害が立ちふさがることになるなんて、俺は考えてもいなかったんだ。 |