やたらと庭を散策しているだけなら、冥界にはない“空の下の空間”と その風情が新鮮に感じられてのことかもしれないと思うことができる。
屋上のプラネタリウムに足繁く通うのも、それは冥界には存在しない施設なのだから物珍しさが勝ってのことなのだろうと思うことができる。
使われていない客間や物置を覗いたり、まるで隠し部屋でも探しているように窓の数や廊下の長さを気にしている様も、人間世界の住居の仕組みに興味があってのことかもしれないと、無理をすれば思えないこともなかった。
だが、氷河はまもなく気付いたのである。
彼等が関心をもって繰り返し通う場所が、そのまま 沙織と瞬が好んで長い時間を過ごす場所、頻繁に足を運ぶ場所に重なっているということに。

そのことに気付いてから――氷河は、二柱の神が人間界にやってきたのは、何かを探し出すためなのではないかと思うようになったのである。
彼等が探しているものは、人間界にしかないもので、アテナか瞬に関わるものなのではないかと。
アテナはともかく、なぜ瞬なのか――は、氷河にはわからなかったのだが、金銀の神の関心が瞬に向いていることに気付いたからこそ、氷河は彼等の行動の不審に気付くことができたと言えるだろう。
二柱の神の目がアテナにだけ向けられていたのなら、氷河は それを当然のことと考え、彼等の行動の奇妙さに気付くことはなかったかもしれなかった。

以降、氷河は二柱の神の動向に常に目を配っていたのだが、彼等は なかなかボロを出さなかった。
彼等は こそ泥にしては堂々としすぎていたし、常に二人で行動しているにもかかわらず、ほとんど口をきくことがなかったのだ。
彼等が 初めてボロらしいボロを出してくれたのは、彼等が城戸邸内の徘徊を開始してから半月ほどが経った頃。
おそらく、彼等が 探せるところをすべて探し尽くした直後だった。

「やはり、あれ・・があるのは聖域なのではないか。アイギスの盾あたりが 怪しいと言ったろう」
「しかし、アンドロメダはここにいる。あれは、アンドロメダの近くにあるはずだ」
瞬が愛してやまない城戸邸の庭。
アンドロメダ島にはなかった四季があり、幼い頃の思い出が そこここに残っている懐かしい庭。
その庭を 散々こそ泥の目で蹂躙したあとで、金銀の神が 初めて彼等の探し物について言及する。
彼等の探し物は やはり瞬に関わるものだったのだと知らされて、氷河は、それ以上 ストーカーよろしく こそこそと彼等の動向を探っていることができなくなってしまったのだった。

「貴様等、瞬の側にあるはずの何を探している? 貴様等の本当の目的は何だ」
本当は、もっと早くに こうして彼等を問い質したかったのだ。
『戦いを回避するため』という大義名分さえ掲げられていなかったなら、彼等が城戸邸に姿を現わした最初の日、いかにも腹に一物を抱いているような目で彼等が瞬を見た時に、氷河は彼等を殴り倒していただろう。
彼等を殴り倒したいという氷河の気持ちと、一介の青銅聖闘士にすぎない氷河が 仮にも神である彼等を実際に殴り倒せるかどうかは、全く別の問題ではあるが。
少なくとも今、氷河に言葉で詰問されたくらいのことでは、金銀の神は まるで動じた様子を見せなかった。
そして、隠す必要もないことだと言わんばかりに あっさりと、彼等は白鳥座の聖闘士の詰問に対する答えを 氷河に返してきた。

「我々の目的はアンドロメダを汚すことだ。その目的が達せられたら、我々は冥界に帰る」
「瞬を汚す?」
ヒュプノスの答えに眉根を寄せた氷河を見て、金銀の神が互いに何事かを目配せし合う。
色違いの双子の神は 言葉を用いなくても意思の疎通が――悪巧みをすることが――できるのかもしれない。
氷河は眉に唾をつける気持ちで、訳のわからない目的を公言してのけた二柱の神を睨みつけた。
心身を緊張させ気色ばんでいる氷河に、金色の神が突然、まるで脈絡のないことを問うてくる。
「これまでの聖戦がどのようにして行われてきたのか、おまえは知っているか」
「……」
問われたことに氷河が答えを返さなかったのは、答えずにいることに益があると考えたからではなく、そもそも答えられるほどの情報を彼が持っていなかったからだった。
沙織は、それを彼女の聖闘士たちに語りたがらなかった。
彼女が語ろうとしないことからして、よほど壮絶な戦いが繰り広げられたのだろうことは、氷河にも察しがついていたが。

「何も聞いていないのか。それはそうだ」
さもありなんと言わんばかりに、眠りの神が その顎を引くようにして頷く。
そうして彼は、アテナが彼女の聖闘士たちに語ろうとしなかったことを、氷河に語り始めたのだった。






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