その時、瞬は活力に満ちていた。 体調は万全、疲れてもいなければ、怪我も負っていなかった。 気力は充実し、地上の平和を守るために倒さなければならない敵の前で 小宇宙は勢いを増すばかり。 敵は相当の力を有していて、彼を傷付け倒すことを迷い ためらっている余裕はなかった。 もちろん、『無益な戦いはやめてくれ』と、瞬は彼を説得した。 対立し合う者たちとして出会いはしたが、自分は決して あなたを傷付けたくはないのだと、懇願もした。 だが、彼は聞き入れてくれない。 そんな敵が複数。 瞬の仲間たちは、“敵”という名を冠する者たちと それぞれに戦っていた。 瞬は、敵を一人、確実に倒さなければならなかった。 もしアンドロメダ座の聖闘士が敵に倒され敗北を喫するようなことがあったなら、それはそのまま仲間たちの負担を増やすことになり、ひいては 仲間たちの命を危うくすることにもなるのだ。 だから――目の前の敵を どうあっても倒さなければならないのだと覚悟を決め、瞬はチェーンを握りしめたのである。 しかし、彼は瞬のチェーン攻撃をものともしなかった。 強い。 生身の拳を使わないことには、彼を撃退することは不可能。 改めて考えてみなくても、それは明白だった――考えている暇はなかった。 だが、瞬は、 「僕に生身の拳を使わせないで」 と、彼に頼まずにはいられなかったのである。 瞬に その言葉を告げられた者は、大抵は それをアンドロメダ座の聖闘士が戦いを恐れるがゆえに発した言葉だと考える。 アンドロメダ座の聖闘士が、戦いに勝ってしまいたくないから、そんなことを言うのだとは考えもしない。 そうして、アンドロメダ座の聖闘士を侮り、油断し、アンドロメダ座の聖闘士の生身の拳に傷付き倒れてから、その言葉の真の意味を悟るのだ。 だが、今 瞬の目の前にいる敵は違った。 アンドロメダ座の聖闘士を侮った様子は見せず、彼は、むしろ一層 心身の緊張を増しさえした。 やはり、彼は倒さなければならない敵だった。 けれど――否、むしろ“だからこそ”――それほど的確で冷静な判断力を持った人物を倒すことに、瞬はためらいをおぼえたのである。 時間があれば、わかってもらえる人だと思うからこそ。 その未練が、瞬の攻撃に一瞬のためらいを運んできた――瞬の攻撃を遅らせた。 (ああ……!) 瞬は声には出さずに、胸中に嘆きの声を響かせたのである。 愚かだと思う。 どうして自分はいつもいつも 同じ過ちを繰り返すのか。 その過ちが我が身を傷付けるだけなら構わない。 だが、これは、アテナの聖闘士 1対1の戦いではない。 今ここで自分が傷付き倒れれば、仲間が倒さなければならない敵が一人増えるのだ。 (みんな……ごめんなさい……!) 敵の拳に倒される自分を予感して、瞬は 心の中で仲間たちに謝った。 その時。 瞬が敵の拳を受け 倒れるはずだった、まさに その瞬間、瞬と敵の拳の間に 氷河が割り込んできた。 氷雪の聖闘士の拳ではなく、彼自身が。 「氷河っ!」 氷河は、我が身で仲間を庇う必要はなかったはずだった。 たとえ 敵の拳の威力を完全に消滅させることはできなくても、凍気を含んだ その拳で敵の拳の力を殺ぐことはできたはず。 にもかかわらず、氷河は 瞬を守るために より確実な方法を採った。 敵の拳の力を弱めるのではなく、我が身で敵の拳を受けることで、敵の拳が瞬に至る道を完全に塞いでしまったのだ。 その行為は、氷河がこれまで戦っていた敵に隙を見せることでもあった。 瞬が対峙していた敵と、氷河が対峙していた敵。 2方向からの攻撃を受け、氷河が倒れる。 「氷河っ !! 」 自分の目の前で 地に倒れ伏した氷河の姿を見た瞬間、瞬は我を失い、自分と氷河の周囲に強大な嵐を生んでいた。 |