「おまえは 加減ってもんを知らないのかよ! 敵だけじゃなく、俺たちまで おまえの嵐で吹き飛ばされるとこだったんだぞ! 敵さんをまとめて倒してくれるのは結構だけど、それに 味方を巻き添えにして どーすんだよ!」
星矢の怒声に さらされて、瞬が項垂れることになったのは、グラードの総合病院の一室。
いわゆる“病室”と呼ばれる、静寂が保たれていることが好ましいとされる場所だった。
いつもの瞬なら、病室にふさわしくない星矢の大声を たしなめるところなのだが、そこにアテナの聖闘士たちが集うことになった事情が事情だけに、瞬は今は星矢の大音声を注意することはできなかったのである。

「ごめんなさい……」
泣きそうな顔で、瞬は仲間たちに謝った。
「俺たちは、おまえのネビュラストームの威力を知ってるから、紙一重のところで逃げて 九死に一生を得たけどさ、でなかったら、あの場で ぶっ倒れてたのは敵だけじゃ済まなかったんだぞ。ったく! まさか味方に殺されそうになるなんて、考えてもいなかったぜ!」
「ごめんなさい……」
星矢に頭ごなしに怒鳴りつけられて、瞬は ますます身体を小さく縮こまらせた。
このままでは瞬は小人になってしまうと、それを案じたのか、紫龍が二人の間に入ってくる。

「そう 責めてやるな、星矢。氷河が 自分を庇って倒れるのを 目の前で見てしまったせいで、瞬は本気になってしまったんだろう。俺たちは無事だったんだし、氷河が病室の住人になったのは瞬のネビュラストームのせいじゃない」
星矢が瞬を怒鳴りつけていたのは、怪我をした白鳥座の聖闘士当人に責められるより、龍座の聖闘士に 淡々と たしなめられるより、天馬座の聖闘士の その場限りの怒声の方が 後腐れがなく、瞬の自責の念を より軽いものにできるだろうと考えてのことだった。
星矢の派手な怒声は、ある意味では、瞬を責めないための思い遣りだったのである。
「ほんっと、おまえの本気は傍迷惑なんだよ」
だから、項垂れる瞬に向かって そうぼやく星矢の顔は、既に笑顔になっていた。
「ま、おかげで一瞬で片がついたし、氷河も 打撲と肋骨が1本折れただけで済んだけどな」

星矢に そう言われて、瞬は、氷河――この場で最も瞬が謝らなければならない人、瞬のせいで負傷した ただ一人の仲間――に向き直り、頭を下げた。
負傷したといっても、横になるほどのことではないと言い張って、氷河は寝台を椅子代わりにしており、彼は このまま仲間たちと城戸邸に帰る気満々でいたが。
「氷河、ごめんなさい。僕が悪い癖を出したばっかりに――。でも……」
『ごめんなさい』のあとに『でも』という接続詞を続けるのは 良くないこと。
それは わかっていたのだが、瞬は続けないわけにはいかなかったのである。
「でも、もう あんな無茶はしないで」
――と。

氷河は、瞬の『でも』を責めはしなかったが、瞬の願いに素直に頷くこともしなかった。
軽く肩をすくめ、苦笑いと言っていいような笑みを 唇の端に刻む。
「無茶をせずに倒せた敵でもなかっただろう。――倒したのはおまえだが」
その倒し方も、結局、瞬以外の誰が倒すより 最も容赦のないものになってしまった。
氷河に皮肉を言う意図はなく、彼は事実を言っているだけなのだということが わかるから、瞬は一層いたたまれない気持ちになってしまったのである。

それが 優しく親切な倒し方でなかったとしても、瞬は 地上の平和を乱そうとする“敵”を倒したのだ。
その場で瞬を責めているのは、実は 瞬ただ一人きりだった。
自分を責めて消沈している瞬の心を浮上させるものは、優しい慰撫の言葉や 思い遣りを示すことではないことを知っている氷河が、おそらく やむを得ず――瞬を責める話題を一つ持ち出す。

「俺に無茶をするなと言える立場か、おまえが」
「え」
「天秤宮の――あれこそ無茶だろう。あの時、もうあんな無茶はするなと、俺はおまえに きつく言ったはずだが」
「うん……」
氷河の その言葉に瞬は一層 項垂れることになったのだが、氷河の目論み通り、星矢が白鳥座の聖闘士の発言にクレームをつけてきて、落ち込んでばかりもいられない状況に瞬を追い込んでくれた。

「瞬が無茶なのは否定しないけど、命を助けてもらっといて、んなこと瞬に言ったのかよ、おまえは!」
「悪いか? 俺は、これからも共に戦い続ける仲間に、これからも共に戦い続ける仲間として 当然のことを言っただけだが」
「それはそうかもしれねーけど、瞬が無茶しなかったら、おまえは死んでたんだぞ! それに文句つけるのは、厚顔無恥っていうか、臆面がないっていうか――」
「星矢! 氷河は僕のために そう言ってくれたの! 氷河は何も悪くないんだ! 僕だって、氷河には 僕のために無茶しないでほしいって思うし――。あ……」

星矢に責められる氷河を庇うために 自分が何を言っているのかに気付き、瞬が言葉を途切らせる。
アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士は 二人共 同じことをし、二人共 同じことを相手に求めているのだ。
『仲間に生きていてほしい。だから、仲間のために無茶をする』
『自分のために、仲間に無茶をしてほしくない』
自分は 天秤宮で瞬がしたことと同じことをしただけだと、氷河は瞬に告げていた。
アテナの聖闘士たちは、誰もそうなのだ――と。
「そういうことだ。おまえが無事ならいい」
「氷河……」

自分のしたことは棚に上げて――だが、瞬は氷河に そう言ってもらえることが つらかったのである。
それでも瞬は、氷河に無茶をしないでほしいと求める権利を自分が有していないことだけは認めざるを得なかった。
が、このまま この話を続けていても堂々巡りになるのは必定。
瞬は、大いに不本意だったのだが、話題を変えた。

「あ、僕、お医者様に 今日このまま帰っていいかどうか訊いてくるね。氷河は、せめて今日一日は病院にいた方がいいと思うんだけど……」
氷河がどうしたいと思っているのかは わかっているので、語調が自然に弱くなる。
上目使いに 窺うように氷河の顔を覗き込んだ瞬に、氷河が 不自然なほど元気な声で駄々をこねてくる。
「冗談じゃない。バトルで身体を動かしまくったあとに 塩分控えめの病人食なんか食ってたら、治りが遅れるだけだ。うまく医者を説得してきてくれ。それから、ついでに城戸邸の栄養士に、俺は今日はステーキの気分だと連絡を入れてきてくれ」
「うん……」
自分も、今の氷河と同程度の怪我なら、自分のために病室を一つ ふさぐようなことはしたくないと思うだろう。
氷河の考えが わかるだけに、瞬は氷河に 大事を取ってくれと求めることができなかった。






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