持ち前の親しみやすさで さほどの日を重ねないうちに、瞬はすっかりスタッフたちに馴染み、彼等の中に溶け込んでいた。 スタッフたちが自分を歓迎してくれていることは、瞬にもわかっていた――ひしひしと感じ取れていた。 小柄で瞳の大きい瞬を、彼等はロースクールに通っている生徒くらいの子供と思っているようだった。 そういう子供に接するように 優しく親しげに、まるで気まぐれな小猫を甘やかし可愛がるような態度で、彼等は瞬に接する。 我儘で こまっしゃくれた子供でいていい年頃の子供が、礼儀正しく控えめで細やかな心配りを示すことが、力もないのに自主独立の精神に富んだ米国の子供に慣れている彼等には、東洋の神秘どころか自然の驚異にも感じられるらしい。 米国側スタッフの中には、瞬の礼儀正しさや大人しさを心配する者までいた。 瞬が子供扱いされていることは わかっているはずの氷河は、だが、それでも瞬に馴れ馴れしい男たちが気に入らないらしく、そういう場面に出くわすたび、いちいち不機嫌な顔になる。 そういうことは これまでにもよくあったことだったし、そういった小さな怒りで日々の仕事のつらさを一時的にでも忘れられるなら、それは必ずしもよくないことではないだろうと考えて、瞬は氷河の無意味な焼きもちを咎めることはしなかった――放っておいた。 しかし、自分に親切にしてくれるスタッフを見て いちいち不機嫌な顔になる氷河を見て、これまた いちいちむっとした顔になっていたスターが、やがて、その視線を氷河ではなく自分に向けるようになったことが、瞬は気掛かりだったのである。 氷河に相談しても『気にするな』『大丈夫』『俺のために会いにきてくれ』という答えしか返ってこない。 そして、氷河の『気にするな』『大丈夫』は、何の保証にもならない。 なにしろ 氷河は、自分が気にしないことは、自分以外の人間も気にしていないと考える男。 だが、瞬が その機嫌の悪化が、親切な人たちの仕事に悪影響を及ぼすことの方だったのである。 「自分には無愛想な顔しか見せない氷河が、あなたが来た途端、相好を崩して飛んでいくのが、スターは気に入らないでいるみたいね。それが自分のせいだとは考えないところが、スターのスターたる所以というか、面目躍如というか。でも、氷河の言う通り、気にすることはないわよ。私は、スターの爆発より 氷河の爆発の方が恐いし、最悪の事態を避けるためには、やっぱり氷河には あなたとの接触があった方がいいでしょう」 氷河以外の人間の冷静かつ客観的な助言を求めて瞬が相談した沙織の意見は、瞬の懸念をよそに、氷河のそれと大差ないものだった。 『気にすることはない』 二人の大切な人たちに同じ判断を示されて、瞬は、自分が心配性なだけなのかと困惑することになったのである。 「撮影の方は順調なんですか」 氷河の爆発より、瞬は そちらの問題の方を憂えていたのだが、瞬の真の憂慮の内容を知ると、途端に沙織は面白そうに声をあげて笑い出した。 「そちらの方は順調。というか、順調すぎるくらい順調。気位の高い貴族の老婦人と、それに輪をかけて傲慢な女王役。スターの不機嫌は、むしろ いい方に作用しているようよ。日本滞在は残すところ、あと2日。当初の遅れはキャッチアップできているから、帰国の延期はないわ。氷河に素っ気なくされることに切れる前に、彼女は帰国することになるでしょう」 「順調なんですか」 何よりそれが心配だったこと。 氷河の不機嫌はアンドロメダ座の聖闘士の力だけで どうとでもすることができるが、撮影スタッフたちは そうはいかない。 特に米国側のスタッフたちは、家族や恋人と離れて この極東の島国まで遠征してきているのだ。 彼等の帰国が遅れることが、瞬の最大の心配事だった。 沙織の言葉で いちばんの懸念が取り除かれ、瞬の心は軽くなった。 氷河のつらい仕事も あと2日。 そして、その2日は、おそらくスターの爆発前に過ぎていくのだ。 胸の憂いが晴れて、瞬は顔には 自然に安堵の笑みが浮かんできたのである。 そんなふうに、沙織からの太鼓判付き保証書を与えられて 瞬がほっとしていた頃、氷河の方は、撮影スタッフが宿泊しているホテルで とんでもない事態に遭遇していた。 |