大地は 相変わらず間断なく揺れています。
一刻を急ぐ この時に、氷河王子が“旅の準備”のために1日を割いたのは、テュポーンを再び深い眠りに就かせるのに必要な無常の果実のありかを調べるためでした。
魔法の力で奇跡の世代の者たちに遠く及ばないのなら、そういうところで役に立たなければなりませんからね。

テュポーン退治の旅への同道を奇跡の世代の三人に承知させた翌日、氷河王子は、偏屈なので有名な過去見のできる魔法使いの家を訪ねました。
過去見のできる魔法使いは100歳を超える老人で、以前はノーワンダーランドの建国の時から現在まで過去に起こった出来事なら何でも見ることができる力を持っていたのですが、歳を経るに従って、この世界ができた時から現在までの過去の出来事を見ることができる力を得た魔法使いでした。
それは とても素晴らしい力なのですが、過去を見ることができても、それを未来に活かすことができないのでは、あまり意味がありません。
そのため、彼の他に誰も持っていない特別な力を有しているにもかかわらず、彼の身分は未だに平民のまま、貴族に叙せられてはいないのです。
おかげで彼は大層 偏屈な人間になってしまったのでした。

ノーワンダーランドの人間の平均寿命は70歳前後。
平均寿命より30年以上も長生きをし、その上 家族もいない過去見の魔法使いは、もしかしたら この世界がどうなろうと構わないと考えているかもしれません。
ですから、氷河王子は、彼を説得して無常の果実の情報を手に入れるには 相当の時間と手間がかかるだろうと考えて、1日の猶予期間を確保したのです。
過去見の魔法使いが どうしても無常の果実のありかを教えてくれないようなら、彼を貴族の身分で釣るしかないだろうと、氷河王子は考えていました。
ところが。

1日でも長く生きていたいという気持ちは、100歳を超えた老人でも 10代20代の青少年と大して変わらないもののようでした。
彼の場合は、むしろ、100年もの長い時を生きてきて、誰よりも生の価値を知っている老人だからこそ、『少しでも長く生きていたい』という気持ちが余人より強かったのかもしれません。
テュポーン退治のために無常の果実のありかを知りたいと 氷河王子に言われると、過去見の魔法使いは、氷河王子が『教えてくれたら特例措置で貴族に叙してやるぞ』というエサを撒く前に、
「無常の果実は、シチリアのエトナ山の地下深く、テュポーンの頭を押さえつけている巨大な岩の横にある木になっている。5000年前、大神ゼウスがテュポーンの目に無常の果実の汁を垂らした時に零れ落ちた種が、そこに根を張り、実をつけたんだ。早くテュポーンを深い眠りに就かせてくれ。わしは、揺れる大地に船酔いしながら死ぬなんて ご免だ。こういう時のために奇跡の世代の魔法使いたちが生まれたんだろう。早く早く!」
と、氷河王子が知りたかったことを あっさり教えてくれたのです。

氷河王子は、簡単に手に入ってしまった無常の果実の情報に、すっかり気が抜けてしまいました。
過去見の魔法使いは 若くして貴族に叙せられた奇跡の世代の魔法使いたちをやっかんでいるという噂を聞いて、老人の説得には相当の時間がかかるだろうと覚悟を決めてやってきたのに、これなら昨日のうちに旅に出て、ちょっと過去見の魔法使いの家に寄り道するだけで 用は済んだではありませんか。
氷河王子は 自分の判断の甘さ(というより、過剰な慎重さ)を後悔しました。
過去見の魔法使いの生への執着のおかげで、氷河王子のスケジュールは丸1日 ぽっかりと空いてしまったのです。
この1日をどうやって潰すか――貴重な1日ですから、できれば有益なことをして過ごしたい――。

ちょっと考えてから、氷河王子は、一輝の館を訪ねることを思いつきました。
そこで、できれば、秘密の匂いのする一輝の弟についての情報を手に入れておこうと、氷河王子は考えたのです。
そのアイデアが気に入った氷河王子は、過去見の魔法使いの家を そそくさと辞したのです。
「世界の平和と安寧と、あんたの一層の長寿は、俺たちが守ってみせるから、大船に乗ったつもりで待っていろ」
と、100歳の老人に言い残して。






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