奇跡の世代の四人の魔法使いは、そうして 瞬と共にノーワンダーランドに凱旋帰国しました。
世界の危機を救った英雄たちを迎えるノーワンダーランドの民の喜びようは、それは大変なものでしたよ。
国中の魔法使いが英雄たちの勝利を喜んで、都に入る彼等の周りに たくさんの花を降らせました。
降り注ぐ花の中を、奇跡の世代の魔法使い四人と瞬は、凱旋報告のためにカミュ国王の待つ王宮に向かったのです。
そして、ノーワンダーランドと世界が 破滅の危機から脱したことを喜ぶカミュ国王に、“たった一つのちょっとした願い”の履行を求めました。
魔法を使えない者を――瞬を――無為人の島に送る決まりを撤廃してくれ――と。

歓迎ムード一色のノーワンダーランドに帰国した彼等は、多少は渋るにしても最終的にカミュ国王は 世界を滅亡の危機から救うという偉業を成し遂げた英雄たちの願いを叶えてくれるだろうと、心のどこかに油断を生じていました。
彼等は、カミュ国王の極めて保守的な性格――“頑固”ともいいます――を失念していたのです。
「それは……その法が 我が王家が定めたものなら、撤廃も変更もできなくはないが、魔法を使えない者を無為人の島に追放する決まりは、ノーワンダーランドができた時には定まっていた 一種の自然法だ。私の一存で その決まりを変えることはできない。瞬殿は、定め通り――」

滅亡の危機から世界を救ってくれた英雄たちに 彼等の望むご褒美を与えてやることのできない自分の立場を、カミュ国王が喜ばしく感じていたはずはありません。
四人の英雄と その心の清らかなことは疑いようもない澄んだ瞳を持つ瞬に向けるカミュ国王の声と眼差しには 苦渋の色と響きがにじんでいました。
ですが、定め通りに瞬をノーワンダーランドから追放し 地獄の島に送ると告げるカミュ国王の遵法精神は、氷河王子には到底 受け入れられないものだったのです。
「クールを気取ろうとしても その実クールになり切れない人情家だと思っていたのに、叔父上は鬼か! 叔父上の心は――いや、叔父上の頭は永遠に融けない氷でできているのか!」

本来なら氷河王子は、カミュ国王と同じ為政者の陣営の一人として、国民に法令遵守を求める立場にある人間だったのですが、今の氷河王子はノーワンダーランドの王子である前に、可愛い瞬に恋する一人の男。
謁見の間に居並ぶ重臣・貴族たちの前で、氷河王子は真っ向からカミュ国王を糾弾し始めました。
「叔父上がどうしても 瞬を流刑地に送るというのなら、俺もその島に行くぞ。瞬は清らかで優しい心を持った、素晴らしい人間だ。その価値を認めない者しかいない世界など、何の意味もない。いっそ、滅んでしまえばよかったんだ、こんな世界!」
「氷河……国王陛下にそんな……」
「何が法だ、何が定めだ。瞬はこの世界で最も清らかで美しい人間だぞ!」

国はおろか 誰の役にも立てない ちっぽけな人間の命を救おうとして、我が身の利害を顧みず、この国の最高権力者に逆らっていく氷河王子。
瞬は、氷河王子の振舞いに感動して涙ぐみながら、激昂する氷河王子を見詰めたのです。
その場にいた重臣や貴族たちも、氷河王子の勇気ある言動には大いに感じ入り、できることなら救国の英雄たちの望みを叶えてやりたいと思っていました。
とはいえ、彼等は『悪法もまた法なり』という立場に立つ者たちでしたので、その思いを言葉にして氷河王子の味方につく者は一人もいなかったのですけれど。

瞬も、それはわかっていました。
法や決まりは大事なもの。
そういったものが守られない世界は、強い者が弱い者を虐げる、それこそ無法の世界と なり果ててしまうのです。
自分が、そのきっかけになるわけにはいきません。
瞬はもう 覚悟を決めていました。
「氷河、ありがとう。僕、その言葉だけで……。本当に、ありがとう。でも、もういいの。僕は無為人の島に行くよ」
自分一人の命より、世界と その秩序が守られる方が大事。
それが瞬の決意で、覚悟でした。
謁見の間のあちこちからは、瞬の健気な決意に もらい泣きした者たちの すすり泣く声が聞こえてきます。
ノーワンダーランドの王宮の謁見の間を覆う、悲しく重苦しい雰囲気。
その重苦しい雰囲気を破って、場の空気を読まない女神が 皆の前に登場したのは、まさに その時でした。






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