「ほんっと、面倒なことしてくれたもんだよなー。野郎の寝癖なんて、どうでもいいじゃん。何も言わずに放っておいてやればよかったのに」 と、俺に文句を言ってきたチビが星矢。 その ご要望に応えて、俺は奴の寝癖には文句を言わずにいてやった。 星矢の髪も やたらと派手に あちこちを向いていたが、確かに野郎の寝癖なんて どうだっていいことだ。 「しかし、うまくすれば、ハーデスとやらの戦いを回避でき、世界の平和が守られるかもしれないんだろう? もっとも、惑星直列で 地上に降り注ぐ陽光を完全に遮ることは、理論上 不可能なことのような気もするが」 そう言ってきた超長髪の男が紫龍。 俺が ここで奴に『鬱陶しいから、その髪を切れ』と言わなかったのは、俺が学習能力と応用力に優れているからだったろう。 男の髪に口出しすると、ろくなことにならない。 得難い教訓だな、まったく。 「俺の兄が こんな暑苦しいツラをしているわけがない」 そして、三人目。 露骨に個人攻撃に走ってきた金髪男が氷河。 俺の顔が暑苦しいかどうかは さておいて、俺がこいつの兄でないという意見には、俺も完全に同意する。 俺の弟が、こんなバタくさいツラをしているわけがない。 で、四人目が、へたな女の子より はるかに可愛い瞬。 俺の弟候補の中では、どうやら この子だけが長幼の序というものをわきまえているらしく、瞬は女の子のような声で、 「よろしくお願いします」 と言って、俺の前で丁寧に腰を折ってみせた。 俺に課せられた使命が弟探しでなく妹探しだったなら、どんなによかったか。 心の底から、俺はそう思った。 俺に課せられた使命が弟探しでなく妹探しだったなら、似ているところなど一つもないと承知の上で、俺は瞬がそうだと言い張っていただろう。 それで世界が滅びることになったとしても、世界だって俺の気持ちをわかってくれるはずだ。 だが、さしあたって 俺が探さなければならないのは俺の弟で――弟……弟か。 俺は、俺の弟候補の四人の顔を順に眺め、誰が俺の弟なのかを真面目に考えてみた。 氷河と瞬は、まず違うだろう。 確かに俺は記憶を失っているが、言葉を忘れずにいる程度に、日本男児としての気概を憶えている。 俺に、金髪碧眼の弟がいるはずがない。 もちろん、俺の弟が女の子であるはずもない。 してみると、本命は星矢、対抗は紫龍、大穴が氷河――というところか。 瞬は除外してもいいだろうが、氷河を完全に候補から外すのは、用心のために しないでおいた方がよさそうだ。 髪の色、目の色のことさえなければ、こいつは俺に似ていないこともない。 俺の弟にふさわしく、ほどよく性格もひねているようだしな。 「で? 誰を弟にするか、どうやって決める? じゃんけん? あみだくじ? 女神サマはどんな方法を使ってもいいって言ってたぜ。ここから外に出さえしなければ」 俺が 本命を星矢と定めた側から、当の星矢に阿呆なことを言われて、俺は目一杯 顔を歪めた。 じゃんけん? あみだくじ? 弟というものは、そんなもので“決める”ものなのか? 俺の弟が こんな阿呆であるはずがない。 絶対に、そんなことはあり得ない。 あってたまるか。 だが――。 「ここは聖域と呼ばれている場所らしい。アテナの結界とやらが張られていて、外界からは遮断されているんだそうだ。この結界の中にいる人間はすべて、ハーデスとやらに記憶を操作されていて、誰かを掴まえて『フェニックス一輝の弟は誰だ』と訊いても無駄だと、アテナが言っていた」 と、それなりに まともなことを言ってくる紫龍なら 俺の弟として認められるかというと、それもまた微妙。 弟というものは、もっと可愛げがあるものなんじゃないか? 兄を立て、兄を頼り、もちろん その言動の端々から兄への敬慕の情が にじみ出ているような。 こんな可愛げのない弟なんて、俺は絶対に欲しくはないぞ。 かといって。 「たとえ記憶を操作されているのだとしても、部外者の意見を聞いてみるのが全く無駄ということはないかもしれんぞ。誰に訊いても、俺と この男を兄弟だと思う奴はいないだろう。第三者の意見や直感というものは、なかなか侮れない」 なんて、もっともらしいことを言って、自分だけ この面倒事から逃げようとするような卑怯者も願い下げだ。 無論、このバタくさいツラの卑怯者が俺の弟であるはずがないという氷河の意見には、俺も諸手を挙げて賛同するが、それとこれとは話が別。 一人だけ蚊帳の外に逃れようなんて、そんな卑劣を許してたまるか。 だが、それにしても――本当に こいつらの中に俺の弟がいるのか? 俺には、それが どうしても信じられないんだが。 俺の弟は、強く、賢く、控えめで礼儀正しい素直な いい子のはずだ。 俺の教育が行き届いているのなら。 その条件に当てはまる奴が一人もいないということは、俺は弟を躾け損なったんだろうか。 俺は 俺の理想の弟じゃなく、出来損ないの弟を捜し当てなければならないのか? だとしたら、これほど空しく不毛な行為もないぞ、ったく。 ――なんて、悠長に落ち込んでばかりもいられないことを俺に知らせてくれたのは、俺の理想の妹・瞬だった。 「あの……火時計の最初の火の色が変わりかけています。さっきの女の人が言ってましたけど、あの火時計の火は、最初の一巡は青い火で、二巡目は赤い火が燃えるようにできているんだそうです。二周して火が全部消えた時が刻限だと、あの人は言っていました」 「なに?」 言われて、瞬が指差した先――窓の向こう、天空の中――にある火時計を見ると、確かに瞬の言う通り、一時の方向にある火の色が青から赤に変わりつつあった。 つまり俺は、24時間しかない制限時間の内の1時間を、何の成果も得られないまま無為に過ごしてしまった――らしい。 俺は――俺は、本音を言えば、世界の存亡なんてものに責任も関わり合いも持ちたくない。 だが、手をこまねいて ただ時間だけを消費し 世界を滅ぼした無能者呼ばわりもされたくない。 そもそも、そんなことになったら寝覚めが悪いだろう(世界が滅んだあとに、俺が起床することがあるのかどうかという問題はさておいて)。 とにかく俺は、この三人の中から、ぎりぎり俺の弟として許容できる一人を選ばなければならないんだ。 残り23時間の間にできることはしなければならない。 その方法を、俺は超特急で考えた。 そして俺が思いついた、俺の弟選抜方法。 それは、 「俺の弟なら、喧嘩が強いはずだ。おまえら、今からここで喧嘩をしてみろ。最終勝利者が俺の弟だ」 ――というものだった。 うむ。 この選抜方法なら、俺も、たとえ完全に納得することはできなくても、その結果に ある程度の妥当性を認めることはできるだろう。 どうせ理想の弟は見当たらないんだ。 それで妥協するしかない。 そう俺は考えた。 ところが。 その選抜方法に文句をつけてきた者が約二名いたんだ。 「貴様のように暑苦しいツラの男の弟にならなくて済むなら、さっさと負けるぞ、俺は」 と言って、この選抜方法の無効を言い立ててきたのが氷河。 「僕は、意味なく 人を傷付けるようなことはしたくありません」 と言って、正面から拒絶してきたのが瞬。 氷河の八百長の可能性の指摘はともかく、瞬の意想外の拒絶に、俺は驚かされた。 外柔内剛とは、まさにこのことだ。 この美少女の男子は 争い事が嫌いらしい。 それは もちろん悪いことじゃないが、『人を傷付けるようなことをしたくない』とは、聞き捨てならないセリフだ。 つまり、喧嘩をすれば 対戦相手を傷付けるのは自分の方だと、この美少女は思っているわけで――そんなセリフが さらりと出てくるあたり、この子は 自分の強さに相当の自信を持っているんだろう。 可愛い顔に騙されて油断は禁物。 俺は、美少女の前で心身を緊張させることになった。 俺は、強い男とは、それが敵でも味方でも、とりあえず戦ってみたい男だからな。 そんな俺に、美少女の瞬が にっこり笑って、 「喧嘩はやめて、せめて体力テストか運動能力テストにしません?」 と提案してくる。 半分 戦闘態勢に入っていた俺は、その生ぬるい提案に、一瞬 腰が砕けてしまった。 体力テストか運動能力テスト? なんだ、それは。 体力運動能力と、喧嘩の強さは、似て非なるものだぞ。 俺は、瞬の呑気振りに少々苛立ちながら、そう思った。 そう思いはしたんだが。 「ねっ。そうしましょう」 笑顔の瞬に重ねて そう言われ、結局 俺は瞬に押し切られてしまったんだ。 似て非なるものというのは、要するに、違うものだが似ているということだし、瞬がそうしたいというのなら、俺は その願いを叶えてやりたかった。 |