何はともあれ、瞬は俺の弟ではない。
それが衆目の一致するところだ。
そう結論が定まりかけたところに、瞬が ひどく遠慮がちに、
「あの……僕が一輝さんの弟だという可能性はないでしょうか……」
と尋ねてくる。
瞬のその言葉に仰天したらしく、氷河は 電光石火の早業で 瞬の希望(?)の否定に走った。
「瞬、何を言い出したんだ! このむさ苦しい男と こんなに可愛い君の どこに似たところがあるというんだ!」
本当に――この阿呆の言うことには賛同するしかないんだ。
言い方が 毎回毎回 いちいち癇に障るだけで。

言い方には問題ありだが、賛同するしかない氷河の主張。
しかし、瞬は食い下がってきた。
「確かに 似ているところはありませんけど、でも、僕、一輝さんみたいに頼りになるお兄さんがいたら嬉しいだろうなあって思うから……」
そう言って、瞬が俺に向けてくるのは、紛う方なく“憧れの眼差し”。
瞬が、大きく澄んだ瞳で、俺を うっとり見詰めている。

か……可愛い。
可愛いじゃないか!
これは確かに、氷河でなくてもイカレルぞ。
瞬の可愛らしさは尋常のものじゃない。
俺はつい ふらふらと、瞬に『我が最愛の弟よ!』と呼びかけ、その身体を抱きしめてやりたくなった。
瞬は、見た目はともかく、中身は 俺の理想の弟そのものだ。
幸か不幸か、氷河の馬鹿が、
「頼りになるお兄さんがほしいのなら、この俺がなってやる!」
なんて阿呆なことを言い出したせいで、俺は、瞬の理想の弟の魔法から解放され、正気に戻ることができたんだが――正気に戻ってしまったんだが。

瞬は――瞬は、見るからに大人しそうで、それが誰のどんな言葉であれ、基本的に『はいはい』と頷き受け入れるタイプに見える。
少なくとも俺の目には そう見えていた。
当然、氷河のお兄さん志願にも、にっこり笑って『嬉しい』くらいのことは言うんだろうと思っていたんだが、案に相違して、瞬は 氷河のその希望を退けた。
もちろん、はっきり『結構です』と拒絶したわけじゃなく、
「氷河さんは お兄さんっていうタイプじゃないでしょう」
という、やわらかく穏やかな言葉を用いてではあったんだが。

「なに?」
お兄さん志願発言を瞬に喜んでもらえると思っていたらしい氷河が、瞬の返事を聞いて、意外そうに目を見開く。
答える瞬の表情・態度は、あくまで優しく控えめだ。
「氷河さんは 一人っ子タイプですよ。家族に――きっと特に お母様に溺愛されて、氷河さんもお母様をとっても愛していて――そんな感じがします」
「……」
瞬に そう言われた氷河が、反論する気配を見せない。
ということは、氷河の中にも、自分に対して そういうイメージがあった――ということなんだろうか。

その時、俺は、もしかしたら俺が誰よりも先に面接すべき相手は瞬なんじゃないかと思ったんだ。
瞬が俺の弟だとは決して思わないが、第三者として その意見を聞きたいと、俺は思った。
氷河の たわ言なんかより、よほど参考になる意見が聞けそうじゃないか。
俺は、瞬に その旨 申し入れてみたんだが、途端に金髪阿呆男が 俺の申し込みに横やりを入れてきやがった。
「瞬と貴様が面接 !? 冗談じゃないぞ! 貴様と瞬を二人きりになんかできるかっ。瞬の身に危険が及ぶ可能性があることを、この俺が容認するわけにはいかんっ!」
なんて、ふざけた理由で。

「男同士で、危険も糞もあるか」
「男同士でも、こんなに可愛ければ、血迷うことがあるかもしれないじゃないか!」
「貴様がそうだからといって、一緒にするな」
俺に そう言われた氷河が、一瞬 言葉に詰まる。
本当に――こんな阿呆と同レベルで語られたくなどないぞ、俺は。
痛いところを突かれても、すぐに立ち直り、
「しかし、瞬は こんなに可愛いんだ。二人きりの面接は絶対 危険だ。どうしてもというのなら、その面接、この俺も立ち会うぞ」
とか何とか言い出す、こいつの根性もなかなかのものだとは思うがな。

結局、その場は、
「なー、男の嫉妬は見苦しくて見てられないから、ここは集団面接にしようぜ」
「グループディスカッションだな。それなら 瞬の身の安全も守られ、一輝も あらぬ疑いをかけられずに済み、氷河の脳の血管も ぶち切れずに済む」
という星矢と紫龍の意見をれ、個別面接ではなく 皆で意見を出し合おうということで落ち着いた。
集団面接といっても、内実は、専ら瞬の見解を聞くミーティングになったんだがな。

「僕、紫龍さんも違うと思うんです。紫龍さんは とってもしっかりしてらして、落ち着いていて、どう考えても長子タイプですよ。弟妹はいるかもしれませんが、お兄さんやお姉さんはいないんじゃないかな」
冷静かつ客観的な観察と、正当かつ的確な判断。
当の紫龍をはじめ、その場にいる誰もが瞬の意見に賛同する素振りを見せる。
じゃあ、やはり大本命の星矢か。
それが瞬の導き出した結論か。
そう考えて、俺は――俺は少々落胆した。
それが最も妥当な見方だと思いはするんだが、それでも なぜか。
しかし、そうじゃなかった。
瞬の結論は、どうやら星矢でもないようだった。

「星矢さんがいちばん可能性が高いと思います。星矢さんは、やんちゃで元気で、典型的弟タイプですから。でも――」
「でも?」
「一輝さんみたいに頼り甲斐のあるお兄さんがいたら、普通、その弟はもっと大人しくなるんじゃないかと思うんです。尊敬できるお兄さんを立てて、自分は控えめになるっていうか。星矢さんは お姉さんならいるんじゃないかな。やんちゃな弟を少し甘やかしてくれる優しいお姉さん。そして、星矢さんは、自分は男だから そんなお姉さんを守ってやらなきゃならないんだって考えてるの」
人に何かを言われたら、それが いいことでも悪いことでも何か言わずにいられないガキの典型の星矢が、何も言わない。
記憶を奪われているんだから『大当たりー』とも『大正解ー』とも言えないが、理性や悟性ではなく 感性の次元で、星矢は瞬の言うことを『当たり』だと感じているんだろう。
瞬の推論を聞いて、星矢は得心のいった顔をしていた。
俺も、瞬の考えは的を射たものだと思うんだが――。

「瞬の意見は実に妥当なものだと 俺は思う。だが、それでは一輝の弟がいなくなってしまうではないか」
俺と同じことを、紫龍も考えていたんだろう。
俺が言おうとしていたものと ほぼ同じセリフを、奴は口にした。
一人っ子の氷河、長子タイプの紫龍、お姉さんっ子の星矢。
それでは、肝心の俺の弟がいないではないか――と。

「僕は……そうじゃないと思います?」
瞬が、いかにも恐る恐るといったていで、皆に お伺いを立ててくる。
「絶対、違う。そもそも顔があまりに違いすぎる。似たところが まるでない」
それを、氷河が即座に、にべもなく否定。
本当に、つくづく こいつは、正しいと思う意見を不愉快に言うことしかできない奴だ。
どうすれば こんな捻じ曲がった性格の人間ができあがるんだ。
こいつの人格形成の過程が、俺には想像もつかん。
やはりマザコンは駄目だな。
うむ。マザコンは駄目だ。

「僕が母親似で、一輝さんが父親似なら、そういうこともあるんじゃ……」
そんな氷河に比して、瞬は健気そのもの。
氷河にあっさり否定された可能性に、瞬は懸命に食い下がってきた。
瞬は、そんなに俺の弟になりたいのか。
実に健気だ。
そして、実に可愛い。
俺だって、瞬が弟だったらいいと思う。
そうだったら どんなにいいだろうと、本当に心底から そう思う。
星矢も悪くはないが、目上の者を立てようとせず、自分が前に出ようとするところが今ひとつ。
紫龍は可愛げがないのが致命的。
氷河は完全に問題外だ。

その問題外が、あくまで自分の意見に固執し続ける。
「そういう問題じゃない。君と一輝では人種が違うと言っているんだ!」
人種が違うのは貴様だろう。
人種だけでなく、氷河は 頭の中身も常識人とは かなり違うようだが。
自分の意見に固執しているという点では 瞬と大差がないというのに、瞬は何もかもが健気、氷河は何もかもが不愉快。
この違いはどこからくるんだ。
実に不思議な現象だ。

だが――。
『瞬が弟だったらいい』と俺が思うということは、とりもなおさず、『瞬は俺の弟ではない』と 俺が感じているから――なんだろうな。
本当に残念だ。
いや、無念だ。
瞬の顔が もう少し男くさかったら、俺は 誰が何と言おうと 瞬こそが俺の弟だと断じていただろうに。
瞬が可愛らしすぎるばかりに、俺は 瞬の兄になるという幸運を手にいれることができないんだ。
まったく、やるせない話だ。

そんなことはあり得ないと 幾度 氷河に否定されても、そのたび瞬は必至に食い下がっていたんだが、自分の望みを訴え続けるのに疲れたのか、否定される悲しみに耐えられなくなったのか、やがて瞬はその場でうとうとし始めた。
ハーデスとやらに与えられた期限は24時間。
だが、俺の弟になろうとして疲れて眠ってしまった瞬を叩き起こすことは、俺にはできなかった。
それは氷河たちも同じだったらしい。
体力テストに漢字の読み取りテスト、更に奮闘検討ノンストップで18時間。
俺たちは、俺たちにできることは すべてした。
もはや頭もろくに働かない。
それで、最後の6時間は休憩にしようということで話がついたんだ。
世界の存亡の責任を負わされている俺は、与えられた休憩6時間、さすがに まんじりとすることもできなかったが。






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