瞬には知らせずに、星矢と紫龍は、氷河の死後 幾度か、シュヴァルツヴァルト――というより、氷河がドナウに落ちた場所の下流に当たる地域に出向いていた。 最初は、一縷の希望を持って。 時が経つにつれ、氷河の死を確認するために。 タナトスとヒュプノスの二柱は、新しい封印が為された小箱ごと消え、それと同時に、古城と その周辺に漂っていた怪しい空気もまた消え去っていた。 星矢と紫龍の氷河捜索を妨げる力が現われることはなく、彼等は彼等が探そうと思う場所をすべて、自由に探すことができた。 それでも彼等は、求めるものを見付け出すことはできなかったのである。 生きている氷河も、氷河の亡骸も。 既に氷河の亡骸は、ドナウから黒海に流れ出ていってしまったのか。 自分たちは仲間の墓を作ってやることもできないのか――。 その事実を苦いものと感じながら、星矢と紫龍は、氷河の亡骸が見付からないことに、心のどこかで安堵してもいたのである。 「あれからもう 一ヶ月以上が経っている。亡骸が見付かっても、瞬に見せられる状態ではないだろう――見ても、それが誰だか わかるまい」 「見ても、誰だかわかんねーのは、瞬が氷河のことを忘れちまってるからだろ」 「あ、ああ……そうか。そうだな」 瞬から氷河の記憶を奪ったことを失念しているかのような紫龍に、星矢は軽く舌打ちをしたのである。 紫龍は、瞬から氷河の記憶を消し去ったことを後悔しているわけではないだろう。 その事実を忘れたがっているわけでもない。 むしろ、紫龍は、瞬が氷河を忘れることを選んだという事実を、今でも信じることができずにいるのだ。 そして、それは星矢も同じだった。 「よかったのかな、これで……」 星矢たちの足元には 忘れな草の青い花。 その花に責められているような気がして、星矢は仲間に問うたのである。 紫龍は、曖昧に――縦にとも横にともなく首を振った。 「氷河と氷河の死を忘れたことで、少なくとも 瞬が生き延びる確率は格段に上がった。戦いの最中に意識が飛ぶこともなくなったし――これでよかったのだと思うしかない」 「ん……そうだな。氷河を忘れて、瞬は明るくなった。氷河も少しは安心できてるよな」 事は成ってしまったのだ。 これでよかったのだと思うしかない――無理にでも思うしかない。 その日、氷河を捜すために この地に来るのは これを最後にしようと決め、星矢と紫龍は、聖域――瞬が待つ聖域、氷河のいない聖域――への帰路に就いたのだった。 |