アテナの前でも微塵も遠慮する素振りを見せずに、相変わらず元気いっぱいで瞬に熱視線を送り続ける氷河。
その氷河に、刻一刻と生命力を奪われているような瞬。
そして、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間(主に瞬)の身を案じる星矢、紫龍。
何かというと騒動ばかり引き起こしてくれる見慣れた面々の前で、事の経緯を報告されたアテナは、一度 大きな溜め息をついた。

「一つの恋が終わるのは、別の新しい恋が始まった時――と相場は決まっているけれど……」
独り言のように そう言って、今回の騒動の最大の犠牲者である瞬を見やったアテナは、なぜか一瞬 怪訝そうに眉をひそめた。
やがて軽く顎をしゃくるように頷いて、彼女の聖闘士たちに、お得意の慈愛に満ちた(ように見える)微笑を投げかける。
そうして、彼女が彼女の聖闘士たちの前に提案してきた現状打破の方策は、実にとんでもないものだった。
「今 必要なのは、新しい恋――古い恋を打ち消す新しい恋よ。そうね。いっそ 愛と美の女神に頼んで、氷河のマーマそっくりの女の子でも作ってもらいましょうか」
という、奇抜にも程があるだろうと言いたくなるような解決策を、アテナは彼女の聖闘士たちの前に提示してきたのだ。

「マーマそっくりの女の子を作るだあ !? 」
アテナの聖闘士たちは驚いた。
空が大地に崩れ落ちてきても ここまで驚くことはないだろうというほど驚いた。
あまりの奇抜、あまりの荒唐無稽、あまりの奇想天外に、氷河などは、目を大きく見開いたまま 自家中毒ならぬ自家凍結に及んでしまっている。
驚愕の淵から最初に浮上してきたのは、氷河や瞬と違って 当事者ではないという強みを持つ 某天馬座の聖闘士だった。

「マーマそっくりの女の子を作るって、そんなことできるのかよ!」
「それくらい朝飯前よ。愛と美の女神は、キプロスの王ピュグマリオンが恋した彫像の女性に命を吹き込み、石の像を生身の女性にして彼の恋を叶えてやっているわ。氷河のマーマに似た女の子の像を作って、愛と美の女神に命を吹き込んでもらえばいいのよ」
「でも、その日のマーマそっくりの女の子の像を誰が作るんだよ? 荒木プロにでも発注すんのか?」
「今は詳細な3Dデータがあれば、どんなものでも3Dプリンターで具現化することが可能なのだけど――これは元はといえばアポロンのせいなのだから、芸術の神である彼に彫像を作ってもらうことにすればいいわ。それでいいでしょう? 瞬」
「え……?」

空前にして絶後のアテナの解決策の衝撃に ほぼ凍りついてしまっているとはいえ、“新しい恋”の当事者になるはずの男が その場にいるというのに、アテナはなぜ瞬に許可を求めるのか。
「あ……はい。アテナがそうすると決めたことに異存なんてあるはずが――」
アテナが氷河ではなく瞬に、氷河の新しい恋人制作の許可を求めた訳。
それは、翌日、氷河の新しい恋人の彫像を作るためにアテナ神殿に運び込まれた 高さ2メートルに及ぶ大理石を、その日のうちに瞬がネビュラストームによって粉々に打ち砕いてしまったことによって判明した。






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