「そういうことみたいだぜ。あいつは、おまえを、まあ ちょっと特殊に好きで……なんつーか、忠義忠節と恋が入り混じったみたいな感じ。でも別に、天下を取りたいわけじゃなく、平和な時代に おまえが普通に、誰も傷付けずに平穏に暮らしてるのを見守っていたいって、ただ それだけ」
氷河がなぜ、今は一介の高校生にすぎない“瞬様”に あれほど執着するのか。
現代においては、“瞬様”より はるかに多くのものを持ち、社会的にも高い位置にいて、“瞬様”のことなど忘れてしまった方が よほど愉快で楽しく、人に羨まれるような人生を送ることのできる彼が、なぜ あえて自分を他者の下位に置き、他者に仕え生きることを望むのか。
ずっと奇異に思っていた その理由を星矢に知らされて、瞬は呆然とした。

『瞬様が平和な世界で、平穏に暮らしているのを見守っていたい。ただ それだけ』
『ただそれだけ』だからこそ、何も報いを求めていないからこそ、氷河の望みは あまりに切ない。
息をするのが苦しく感じられるほど、瞬は、氷河の思いが切なかった。
「せめて思い出すことができたら――氷河の瞬様として、氷河に言葉をかけてあげられたらいいのに……。僕、不人情だね。そんなふうな話を聞かされても 何も思い出さないなんて……」
「でも、それが普通で正しいことだし」
「……」

星矢の言う通りなのだろう。
人の生に、もし“転生”という仕組みが本当にあるのだとしても――再び与えられた命は、前世の記憶など持たずに 無の状態から新しい自分を築いていくのが“正しい”生き方で、“普通”のことなのだろう。
だが、瞬は、それが正しいことでなくても、普通のことでなくても、氷河の心に応えたかった。
そして、氷河の心に応えることのできない 普通で正しい自分が厭わしく感じられてならなかったのである。






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