「氷河は、いつ、どんなふうに、以前のことを思い出したの? 生まれた時から前世の記憶があったわけじゃないんでしょう?」
瞬が氷河にそんなことを尋ねたのは、今はすっかり400年前の彼自身と同化してしまっているような氷河が、前世の記憶を有していることで苦しんだことはなかったのかと、それを案じたからだった。
幸福とも幸運とも言えない400年前の記憶は、400年後の彼を傷付けることはなかったのかと、それが気掛かりだったから。
いったい自分は これまでどれほど氷河の生の負担になっていたのか、それを知っておかなければならないと思ったからだった。
瞬に問われた氷河が初めて、現世での彼の身の上を語り始める。

「私は、一度 死にかけたことがあるのです。10歳……11歳になっていたか。私は東シベリアの小さな村に生まれた。無医村で、病人が出た時には、30キロほど離れた隣町まで医者を迎えに行かなければならないような村でした。――母が倒れたのです。あの冬は 特に寒さが厳しく、しかもその日は吹雪だった。ですが、母一人子一人の家庭、私は ためらうことなく吹雪の中を歩きだした。そして、方向を見失い――あの時には、どうせ死ぬのなら、母の側にいて、母と共に死ねばよかったと後悔しました」
「吹雪に巻かれて死にかけた……の?」
「はい。臨死体験では、よく光が見えるとか、自分の姿を外から見ている体験をすると言いますが、私の場合は、瞬様の姿が見えた。そして、瞬様の声が聞こえてきたのです。『死なないで。自由になって。幸せになって』――私は思い出した。そして、瞬様も この時代に転生されているのだと感じたのです。瞬様は私を待っている。私が戦のない世界で平穏に暮らしている様を見たいと願っている。母を失った私が立ち直ることができたのは、瞬様のおかげです。瞬様に必ず もう一度会うのだという希望が、私を生かし続けた……」

「そんなことが……」
それは事実なのか。
“瞬様”は本当に、少しでも氷河が生きるための力になることができていたのだろうか。
“瞬様”が氷河が生きるための希望だったという氷河のその言葉を聞かされても、だが、瞬は、全く心を安んじることができなかったのである。
ならば、なおさら、これまで“瞬様”に会うために必死に生きてきた彼に報いたいと、瞬は心から そう思った。






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