「瞬を自由にすることは、宰相の権限でも実現できない」 と、瞬の兄は言っていた。 国内における最高権力者であるマハラジャも、占いの結果には逆らえない。 アテナからは、余計な波風を立てることなく 平和裏に瞬を聖域に連れてくるようにとの厳命。 当然のことながら、この国の民を不安に陥れ、この国に混乱を招くことは厳禁。 そして、瞬の代わりの犠牲者を出すような解決方法は許されない――。 俺の恋を実らせるには、これだけの制限と障壁があった。 人間には、自由に生きる権利がある。 自由に恋をする権利もある。 だが、自由の中で 人が幸せになろうとしたら、その自由は制限だらけになるというわけだ。 その制限を排除できた者だけが――幾多の試練を乗り越え、山積みの問題を解決できた者だけが――己れの手に幸せを掴むことができるんだ。 まさに前途多難。 だが、その試練を乗り越え すべての難問を解決した後に得られる報いを考えれば、俺は挫けるわけにはいかなかった。 俺の前に横たわる幾多の障害。 その中で最も大きな問題は、瞬に代わる犠牲者を出さないこと――だ。 この問題が円満に解決されれば、ためらいも憂いもなくなった瞬は 自分の権利である自由を謳歌する気になってくれるだろう。 瞬が自由になれば、瞬の兄も自由になる。 瞬の後継の犠牲者を必要としない状況を実現できれば、ジャイプルの民が不安になることもなくなるだろうし、マハラジャや占い師たちも文句は言わないだろう。 国を見舞う すべての災厄の責任を負う者――か。 改めて考えると、瞬は何という重い責任を負わされているのかと、嘆息せずにはいられない。 インド以外の国では、それは国の主権者が負っているものだ。 君主制なら君主が、寡頭制なら少数の特権者が、民主制なら すべての国民が。 それを、いかなる特権も与えられていない一人の人間に負わせるなんて、乱暴すぎる話だ。 そんなことを考えていたら腹が立ってきて――俺はいっそ ジャイプルの天体観測施設を全部 ぶち壊して、神の怒りが下ったことにしてやろうかとさえ思った。 神が、占いの無意味を知らしめるために、それらのものを破壊したことにしてしまおうかと。 そんなことをしたら、それこそ国中が混乱をきたし、瞬が悩み悲しむことになるだろうことがわかるから、俺は すんでのところで その暴挙を思いとどまったが。 おそらく、今のインドで占いを否定することは危険なんだ。 そんな急激な変革はインド社会を混乱させるだけ。 ほんの20数年前、一夜にして絶対君主制から民主制への転換を図ったフランス革命は 恐怖政治を生み、フランスの国民は結局は王の代わりに皇帝を戴くことになっただけだった。 つまり、俺が考えなければならないのは、占いを肯定したまま、現在の瞬と 瞬の後継者を不要のものにする方法――ということになる。 占いなんて詐欺か詭弁のようなものなのに、それを疑いもなく信じる者がいるから 厄介だ。 考えに考え、その上に更に熟考を重ねて――俺は、詐欺には詐欺で、詭弁には詭弁で対抗することにした。 俺が用いる武器は 小宇宙でも聖衣でもなく、西暦1805年現在の欧州で最高レベルの性能を有する大型反射望遠鏡。 聖域のアテナに連絡を入れ、ニューデリーのイギリス総督府経由でその最新型武器を手に入れた俺は、それが俺の許に届けられたその日、瞬解放作戦を開始した。 まあ、解放作戦といっても、大したことをしたわけじゃないんだがな。 夜陰に紛れて、ジャイプルの王宮の庭にある18の天体観測機器を すべて凍りつかせてやっただけ。 俺は、本来は邪悪の徒を攻撃するために用いるべき凍気を放出しまくって、マハラジャ自慢の玩具を皆、巨大な氷の棺の中に納めてしまったんだ。 インド北西部、熱帯夏季少雨気候と地中海性気候の両方の特徴を併せ持つジャイプルの7月の平均気温は30度、時に40度に達することもある。 だが、どれほど気温が上がろうと、俺が作った氷の棺は融けることはない。 俺が瞬解放作戦を開始した その翌日から、ジャイプルの王宮は恐慌状態に陥った。 王宮の者たちの中で最も慌てたのは王宮付きの占い師たちだったろう。 奴等は、その事態を事前に占い知ることはできなかったし、事後にも その事態を占いで説明してのけることができなかったんだから。 巨大な氷の棺作成から2日後、王宮のパニックが頂点に至ったところで、俺は、瞬の兄に依頼して、マハラジャと占い師たちを 氷の棺の前に集合させた。 |