「団体競技は 何よりも総合力がものを言うから、一人のメンバーに図抜けた能力があっても、個人の力だけでは どうしてもカバーしきれないところがある。確実に勝利を手に入れようとしたら、個人競技の方がいいんだけど、でも、学校の名を売るためには 団体競技で いい成績を残すことの方が有効なんだよね。インターハイとは別枠で全国大会がある競技――野球なら甲子園、サッカーなら国立、ラグビーなら花園。みんなの力があれば、そして 時季さえ重ならなければ、掛け持ちは可能なんだけど、なにしろ団体競技は必ず勝てるかどうかわからないのがネックで――。負けることも楽しめる気持ちがあるのなら、団体競技に出るのもいいと思うよ。他の競技で優勝したり、高校新でも出しておけば、学校側も文句は言わないと思うから」 寮のミーティングルームで、瞬が仲間たちに そう切り出したのは、負けることも楽しめるほどサッカーが好きな星矢のためだったろう。 案の定、星矢が、冬の選手権への出場を仲間たちに打診してくる。 「俺、サッカーは出たいな。氷河か紫龍、都合がつかないか? さすがに他の10人全員が普通レベルってのはきつい。俺一人の力じゃ勝てる気がしないけど、もう一人 いける奴がいてくれれば、何とか勝てそうな気がするんだ」 そう言ってから星矢は、少し悔しそうに唇を噛んだ。 「中学までなら、他のメンバーが並レベルでも、対戦相手も似たようなもんだったから、俺一人の力でもどうにかなったんだけどさ。ボールより早く走って、自分が出したパスを 自分で受けることも わりと簡単にできたし」 「でも、星矢は本当はチームプレイがしたいんだよね?」 「そりゃそうさ。一人でボールキープしてたって 詰まんねーんだよな。パスが綺麗に通って、いいタイミングでリターンをもらう時の気持ちよさったらねーぜ。俺、初めて瞬とプレイした時、チームメイトへのパスが綺麗に通るって、こんなに気持ちいいことだったのかーって、感動したもん」 気がつくと一人で暴走していることも多いのに、星矢は皆で何かをするのが好きな“子供”だった。 今も昔も。 星矢の暴走は、いつも皆のために為されるのだ。 「冬の選手権の時期は、僕は無理だから……。団体競技は――つくづく兄さんが もう半年遅く生まれてきてくれていたらと思うよ。兄さんが もう1学年下だったら、去年の時点で、星矢と僕が1年、紫龍と氷河が2年、兄さんが3年生で、僕の身体が空いてれば 5人揃って高校の大会に出られた。5人揃えば、どの団体競技でも かなり いいところまで行けたと思うんだ」 瞬の兄の一輝は、この春 高校を卒業し、とりあえずは 全国高等学校剣道大会個人戦3年連続優勝を手土産に、某国立大学に進学していた。 彼は、剣道の他にも、弓道の遠的で、紫灘旗全国高校遠的弓道大会でも優勝経験がある。 「剣道で大学進学ってことは、一輝って警察のキャリアでも目指してんのか? 自分が反社会的勢力そのものって顔してるのに」 「最初の仕事が自分自身の取り締まりか。警察の歴史に名を刻むことになるな」 瞬の兄の名が出た途端、氷河の表情が目に見えて不機嫌な人間のそれに変わる。 性格や価値観は5人の中で最も似ているのに 外見と行動が全く異なる2人は、幼い頃から 事あるごとに反発し合っていた。 にもかかわらず、性格と価値観、そして好みは似ているので、おそらく2人は 5人の中で最も理解し合い信頼し合っている2人なのである。 理解できるから 気に入らないのだ、おそらく2人は。 星矢などは、氷河と一輝が 和やかに言葉を交わしている場面を見たことが一度もなかった。 その氷河が、あからさまに一輝の話題を脇に押しやる。 「団体競技というやつは、どうも性に合わん。実力がないのに 努力もしない奴等に足を引っ張られるのが不愉快だ。まあ、瞬が出ろというのなら、出ることは出るが――」 「氷河は団体競技向きじゃないかもしれないね。団体競技は、やっぱりチームワークが いちばん大事だし、高校生レベルの野球やサッカーは 監督の力量がものを言うから。そりが合わない監督だと、氷河は とことん拒み通しそう」 「それは褒めているんだろうな?」 氷河に問われた瞬が、意味ありげな微笑を浮かべる。 そして、だが、問われたことに、瞬は答えなかった。 「うん、でも、どんなに優れた力を持っていても、個人の力には限界があるというのは事実だと思うよ。スポーツに限らず、どんな場面でも――学校だけじゃなく社会でも、商品開発や大規模なシステム開発は 幾種類幾パターンものテストを繰り返さなきゃならないから人手が必要だし、化学の分野だって、結局 チームメンバーが多い方が有利だし」 「文系は違うだろ。弁護士とか、個人事務所でどうにかなる仕事はいくらでもあるし、作家とか芸術家とかは究極の個人事業だろ」 「弁護士だって、たとえば大掛かりな刑事裁判で勝つためには、優秀なスタッフを多く抱えている事務所が強いんだよ。その方が多量の資料を揃えたり調べたり、証拠証言を集めたりできるから。作家もね、いろんな分野で有能なメンター ――ブレーンがいるのと いないのとでは、成果の深さ広さ数が 全然違ってくる。芸術家だって、創作行為自体は孤独な作業でも、刺激や 自分以外の人間の意見を求めて、サロンを開いたり、グループを作りたがる人たちが多いね」 「ふーん」 瞬が提示する見解は、星矢の好みに合致していた。 人は一人だけでは 大きな仕事を成し遂げることはできないというのは。 「ま、俺たちだって、性格も好みも てんでんばらばらなのに、つるんでるしな」 瞬の言葉に嬉しそうに頷いてから、だからこそ 無念でならないというように、氷河の避けた人物の名を再び持ち出す。 「ほんと、一輝がいればなー。バスケとかで、俺たち5人で無敵のドリームチームが作れるのに」 「僕が みんなの足を引っ張っちゃうよ」 「おまえがポイントガードやればいいんだよ。俺たち、おまえの言う通りに動くから」 「どうかなあ。暴走し出した星矢は、僕にも制御不可能のような気がするよ」 笑って そう言いながら、瞬が今回のミーティングの用件に入る。 手にしていたクリアファイルからペーパーを取り出して、瞬は それを仲間たち一人一人に手渡した。 「とりあえず、今年の夏と秋の練習メニューとスケジュールだよ。見て、無理そうだと思ったら言って。インターハイの出場競技も そのペーパーに書いてある。個人競技に複数人が出ると決勝でかち合うことになるから、同士討ちを避けるために みんな別々の競技にしてある。一応、確実に勝てるものを選んでるけど、もし 今年 新たに挑戦したい競技があったら教えて。競技時間が重なってて 競技会場の移動に難があるようだったら、希望に添えないこともあるかもしれないけど、その時はどっちを選ぶか、話し合おう」 瞬から手渡されたものに ざっと目を通すと、瞬の仲間たちは、それぞれのタイミングで頷いた。 特に不満も問題点もないらしい。 星矢は逆に、仲間たちの様子に安堵の息をついた瞬に尋ねてきた。 「そういうおまえの方は どうなんだ?」 「僕? 僕は今、運動生理学とスポーツ心理学の方の勉強を――」 「そうじゃなくて、お勉強での特待生の座は安泰かってこと」 星矢が瞬に そんなことを尋ねたのは、大会があるたびに嫌でも戦績が公になる運動競技とは違って、テストの成績や順位は余人には知りようがないからだった。 グラード学園高校の成績特待生は、半年ごとに資格見直しが入る。 相対評価ではなく絶対評価で、定員も流動的だった。 瞬が 星矢に浅く頷く。 「学内のテストは無難にこなしてるよ。春の全国学力学習状況調査でも――あれは個人の成績は教えてもらえないんだけど、理事長が じきじきに僕を呼んで褒めてくれたから、学校が満足できる程度の成績だったんだと思う。夏休み明けに全国一斉模試があるから、それで総合10位内に入っておけば、しばらくは安泰……かな」 「入れるのか? 全国ベスト10。おまえ、まだ2年なのに?」 「間違った答えを書かなければいいだけだもの。対戦相手のことを考えなくても済む分、楽なんだよ、学力テストって。むしろ、みんなの練習メニューを考える方が ずっと頭を使う」 星矢は、瞬の特待生脱落を深刻に案じていたわけではなかった。 だが、自分には見極めのつかない分野のこと。心配はしていたのである。 とはいえ、星矢の心配は、全国10傑ではなく、校内10傑レベルのものだった。 心配する方が馬鹿に思えるほど、星矢の心配内容と現実はレベルが乖離していた。 星矢は、盛大に一つ、長い感嘆の息を洩らすことになったのである。 「ふえ〜っ。俺も一度、言ってみてーぜ。『間違った答えを書かなければいいだけだもの』なんてさ」 知識の蓄積に時間を取られていたせいで、仲間たちには少々劣るとはいえ、瞬の運動能力は十分に超高校級だった。 成績特待生の資格維持が難しいようなら、スポーツ特待生に鞍替えすることも、瞬なら余裕でできる。 本音を言えば、星矢は、そうしてほしかったのである。 その希望が叶いそうにない状況を残念に思うこともできないほどのレベルの違い。 星矢は ただただ呆れることしかできなかった。 そんな星矢を、紫龍が慰めて(?)くる。 「星矢も瞬と同じことができているだろう。“間違った答えを書かない”」 「正しい答えも書かないけどな」 紫龍の笑えないジョークに、星矢は盛大に口をとがらせることになった。 二人のやりとりを聞いた瞬が、苦笑と嘆息の混じった息を洩らす。 「星矢。記述式以外の解答欄は、間違ってもいいから全部 埋めてね。大会で どんなにいい成績を残せても、単位が足りなくて落第されたら、いくら僕でもフォローしきれない」 仲間の成績を心配する瞬の心配内容が、別の意味でレベルが違いすぎて、星矢は目眩いを覚えることになったのである。 「わかってるって。『マークシート、4択25パーセント、5択20パーセントの可能性を捨てるな!』だろ」 残り時間1分で点差10点のバスケットボールの試合の方が、まだ勝機があるような気がする。 常日頃から瞬に繰り返されている教訓を復唱して、全国模試受験より頭を使って瞬が作成してくれたテーブルの上に練習メニュー表に、星矢は顔を突っ伏した。 |