瞬は、高体連の理事たちとの約束を守り、自分が握っている反社絡みの情報をマスコミに流すことはしなかった。 高体連本部ビル内で星矢が撮っていた映像を、(瞬の素早さに いいように翻弄された警備員や理事たちの名誉のために顔にはモザイクをかけて)ネットの某動画サイトに投稿しただけで。 反社会的勢力が関係しているかもしれないとなれば、高体連は再調査の約束は守るだろうが、加害者と少年法対象者に保護が篤い この国の風潮に流され、前途ある8人の高校生が反社勢力とつながっていたことを公にすべきではないという、“大人”の判断をするかもしれない。 その判断自体は構わないのだが、そのために氷河ひとりがスケープゴートにされることだけは、瞬は確実に回避しなければならなかったのだ。 ある意味、高体連への ちょっとした牽制のつもりで投稿した 牛若丸の動画。 高体連の“大人”たちにだけハンデを負わせるのは卑怯な気がして、瞬は自分の顔は隠さずに その動画を公開したのだが、それが思わぬ事態を引き起こした。 その動画をネット上にあげる意図を一般人には知らせぬために『今時の牛若丸』などという ふざけたタイトルで投稿した その映像が、『ものすごい美少女が ものすごすぎる件』として 某ニュースサイトで採り上げられ、そのせいで『今時の牛若丸』は あっというまに 当該週の国内アクセス数ベスト5に入ってしまったのだ。 ものすごい美少女の牛若丸が撮影された場所がどこなのかが、数百万人の動画視聴者の情報網によって 突きとめられるまでに大した時間はかからなかった。 その動画が、ネタの夏日照りだった某テレビ局のワイドショーに、ネットで話題になっている動画として採り上げられたのが、動画投稿の5日後。 そうなると、牛若丸の動画の拡散は、もはや動画を投稿した瞬自身にも制御不可能になった。 瞬自身がリークしなくても、マスコミ各社が その背景を探り、瞬く間に 氷河の事件に辿り着く。 もちろん、未成年ということで、氷河の写真や名前がマスコミに乗ることはなかったが、反社会的勢力の陰謀に巻き込まれた生徒の過去の輝かしい経歴はテレビ新聞で大々的に紹介された。 1年生時のインターハイでは、フェンシングの男子個人サーブルで優勝、陸上短距離で大会記録をマーク。 2年生時のインターハイでは、競泳自由形100及び200で日本高校記録樹立。 当時のインターハイでの画像データを持っていた者たちが、続々と そのデータをネット上に上げたことも手伝って、氷河と瞬は、一躍 日本で最も有名な高校生の地位に躍り出ることになったのである。 そうして。 氷河の暴力事件は、めでたく不問ということで 決着がついたのである。 冥界高校の生徒たちのものとして提出された診断書を発行したのが、反社会的勢力とつながりのある診療所だったことも、氷河には有利に働いたらしい。 高体連は、暴力事件があったことには全く触れず、『貴校の選手の健闘を祈ります』とだけ、学校に連絡を入れてきた。 瞬が想像した最悪のパターン――反社会的勢力によるスポーツ賭博の事実があったのかどうか――については、高体連は知らせてこなかった。 臭い物に蓋をしたというわけではなく、そこまで調べる時間がなかったというのが実際のところだったろう。 これ以上 騒ぎが大きくなることを避けるため、高体連側は 少しでも早くグラード学園高校に――瞬に――『処分無し』の決定を通達し、騒ぎを収束させてしまいたかったに違いない。 5人の誓いが破られる事態さえ回避できれば 他のことにまでは こだわりがなかったので――それが 高体連ではなく警察の仕事だということは わかっていたので――瞬も その件に関して高体連に問い合わせを入れるようなことはしなかった。 拡散しすぎて今更という気もしたが、某動画サイトに投稿した動画データを削除しただけで。 |