「星矢っ!」 どうして、天馬座の聖闘士は こんなに嘘がへたなのか。否、隠し事がへたなのか。 「それはどういうことだ」 星矢の失言を聞くなり 目が据わってしまった氷河に問い質され、紫龍は盛大に舌打ちをすることになってしまったのだった。 「あ、いや。決して、瞬がおまえに愛想を尽かして 浮気をしているというわけではないと思うぞ。そういう雰囲気ではなかった」 「そうそう、瞬が会ってた男は二人で、1対1のデートってんじゃなかったからな。瞬は多分、おまえの許可をもらうのが面倒だっただけだろ」 隠し事がへたなのは紫龍も同じ。 そして、星矢の弁明(?)には、無理があった。 今日の外出許可を手に入れるために、瞬はパソコンやプロジェクターを持ち出して、マリちゃんミキちゃんの人柄を氷河に紹介するという手間を厭わなかった。 これは、『面倒だから嘘をついた』という説明が成り立つ状況ではない。 瞬が 氷河に隠れて女性と会っていたというなら ともかく、歴とした男子である瞬が同性と会っていたことが なぜ問題になるのか。 根本的なところで何かが間違っているような気もしたが、その事実を氷河に知られてしまった今、改めて そんなことを考えてもいられない。 もはや、じたばたしても始まらない。 だから――星矢と紫龍は、聖闘士の歴史に残る見苦しい死を覚悟したのである。 ダイヤモンド・ダストで吹き飛ばされるのか、オーロラ・エクスキューションで凍りつかされるのか、フリージング・コフィンで 生きながら氷の棺に閉じ込められるのか。 へたに屍をさらして皆に笑いものにされるより、ダイヤモンド・ダストで跡形もなく吹き飛ばされる方がましかもしれない――。 そんなことまで考えたというのに、だが、星矢と紫龍は死ねなかったのである。 「瞬が、俺に嘘をついて、男と会っていた――?」 瞬の偽りを知って怒髪天を衝き 小宇宙全開で暴れ出すと思われた氷河が、小宇宙を燃やすどころか、彼自身が凍結拳を食らいでもしたかのように表情を凍りつかせ、身体を凍りつかせ、蒼白になり、やがて全身から力が抜けたように悄然と肩を落とす――という、ある意味、意外なほど大人しい反応を示してきたせいで。 あまりに想定外な事態に、星矢と紫龍は、だが、ますます緊張の度合いを強く大きくすることになったのである。 氷河は一見してところでは、憤怒に支配されているようには見えない。 むしろ、瞬の裏切りにショックを受け、打ちのめされ、意気消沈しているように見える。 だが、これは、いわゆる“嵐の前の静けさ”。 氷河は すぐに理不尽な現実への憤懣を燃料にして小宇宙を燃やし始め、都合よく彼の目の前にいる仲間に向かって、八つ当たりという名の攻撃を仕掛けてくるに違いない。 そう、星矢たちは思ったのである。 しかし、氷河の憤怒の小宇宙に備えて身構えた星矢たちに、氷河は一向に攻撃を仕掛ける気配を見せなかった。 それどころか、氷河は、塩を振りかけられた青菜のように 一層 しおれていくばかりだったのである。 「あ、あー……。おまえは、やはり、瞬を束縛しすぎたのかもしれないな」 氷河は、本当に落ち込み、意気消沈しているのか。 怒りに支配され、攻撃に転じることはないのか。 怪しみつつ探りを入れた紫龍の前で、氷河がこころもち項垂れる。 「瞬は なぜ そんな――。どうしても 会いたい相手なのなら、俺に遠慮せず堂々と会いにいけばいいんだ。俺はそこまで――瞬に嘘をつかせるほど、瞬を束縛したり、瞬の自由を阻害したりしていたつもりはない」 氷河は、どうやら本気で 落胆しているらしい。 瞬に嘘をつかれたことが、それほどの――腹を立てることもできないほどの――衝撃だったらしい。 昨日までの 偉そうな態度は いったい何だったのかと問い質したくなるほど、今の氷河は打ちひしがれきっていた。 「そ……そんなつもりはなかったって言っても、おまえが実際にしていたことは、独占欲丸出しの束縛だろ。余計な波風を立てたくなかったら、瞬は おまえに嘘をつくしかないじゃん」 決して氷河を追い詰めたいわけではないのだが、星矢は そう応じるしかなかったのである。 氷河が、瞬から自由に外出する権利を奪っていたのは、ただの事実なのだ。 だが、氷河には氷河なりに、そうしなければならない理由、大義名分があったらしい。 「瞬は大人しいし、人がいいし――自分の命を奪おうとしている敵を傷付けることさえ ためらうような子だ。どんなに強くても、無体をされたからといって一般人に反撃することができるとは思えん。人を疑うこともできない瞬を守ろうと思ったら、俺が用心深くなるしかない」 言われてみれば、その通り。 氷河の外出許可制度の採用にも、一理はある。 だが、そんな氷河に嘘をついて出掛けていったということは、瞬は氷河の一理に気付かず、それを身勝手な束縛と感じていたからなのだろう。 他でもない星矢自身が、そう思っていたのだ。 外出の自由を奪われている当の瞬は、なおさら息苦しさを感じていたに違いない(かもしれない)。 「そりゃまあ、瞬が そこいらのチンピラごときに本気になれる奴じゃないってのは、俺も そう思うけどさー……」 だとしても、もう少し うまく立ち回ることはできなかったのか。 せめて瞬が、『自分は自由を制限されている』と意識することがないように さりげなく、瞬の行動をコントロールすることは。 星矢は、氷河の不器用な対応に 嘆息せずにはいられなかったのである。 だから、嘆息した。 その作業が ほぼ完了した時だった。 まるで そのタイミングを見計らっていたかのように、 「ただいま!」 と明るい声を響かせて、瞬がラウンジに入ってきたのは。 |