そうして、場所を瞬の部屋付きのバスルームからラウンジに変えて、第二回事情聴取 兼 審理開始。
「でも、瞬。おまえだって、氷河以外に 覗き犯に心当たりはないんだろ?」
それは、星矢を事情聴取担当刑事もしくは裁判長にして、この犯罪の背景を探るところから始まった。
つまり、変わったのは場所だけで、第二回事情聴取 兼 審理も、結局は『覗き犯 = 氷河』という大前提のもとに進められることになった――進められそうになったのである。
その 第二回事情聴取 兼 審理における 先入観に満ち満ちた星矢の最初の問い掛けに、瞬は とある新事実の報告という形で答えてきた。
それは、被告人 氷河にとって 有利に働くか 不利に働くかの判断が極めて難しい新証言だった。

「……みんなには黙ってたけど、僕の周り、この間から 変なことが立て続けに起こってるの」
星矢の問い掛けに そう答えてきた瞬の口調は ひどく不安げで、いっそ 覗き犯が氷河であってくれればいいと思っている節さえ垣間見られるようなものだった。
「変なこと? 変なことって何だよ」
「そんな大したことじゃないんだけど、僕が使った食器が盗まれるとか――」
「食器が盗まれる?」
そんなものを盗んで、誰が どんな得をするというのか。
星矢は 大きく首をかしげ、紫龍は考え深げに片眉をひそめた。
「食器泥棒か。当然、銀の食器だな。スパイダーマンに続く、第三の容疑者はジャン・バルジャンというわけだ」
「ジャンバラヤ、嫌いじゃないけど、ここんちでのメシに ジャンバラヤが出たことなんて あったっけ?」
「……」

星矢のそれは冗談なのか、本気の勘違いなのか。
冗談だったとしたら どう応じるのが最も粋で、本気の勘違いだったとしたら、どう対応するのが最も適切か。
軽く十数秒間 迷ってから、紫龍はあくまでも“真面目”の路線を通すことにした。

「ジャンバラヤじゃない、ジャン・バルジャンだ。フランス・ロマン主義の巨匠ヴィクトル・ユゴーの書いた小説『レ・ミゼラブル』の主人公の名だ。たった1斤のパンを盗んだために19年もの間 服役を余儀なくされ、人間不信と憎しみの塊りとなった男。出所後 どこに行っても冷たくあしらわれるばかりだったバルジャンを 唯一 受け入れてくれたのがミリエル司教の司教館だったんだが、バルジャンは そこから銀の食器を盗んで逃げ出し、再び憲兵に捕えられてしまったんだ。だが、ミリエル司教は、銀の食器は盗まれたのではなく 自分が彼に与えたものだと言って、バルジャンを放免させる。銀の燭台をおまけにつけてな」
「へー。そのミリメートル司教って、瞬みたいな奴だな。盗人に追い銭かー」
「……」
(再び)星矢のそれは冗談なのか、本気の勘違いなのか。

銀の食器と燭台のエピソードで ユゴーが読者に訴えようとしたのは、おそらく そういうことではないだろう。
99.999パーセント そういうことではないのだが、今 ここで『そういうことではないのだ』と星矢に説明することに意義はあるだろうか。
悩んだ末に、紫龍は、銀の食器と燭台のエピソードの意義と意味を星矢に理解させることを諦めた。
ユゴーの意図を、星矢が解そうが解すまいが、そんなことは 大した問題ではない。
ミリメートル司教を瞬のようだと感じるなら、星矢は、彼がこれから出会うであろう 瞬に似た人たちの信頼を裏切るようなことは決してしないに決まっているのだ。

「あ、でもよ。銀の食器なんて、昔はともかく 今は大した価値ないんだろ。銀の食器は やたらと手入れが大変で、だから銀の食器ってのは、毎日 ちゃんと手入れをする人間を雇える人間が、その経済力を誇示するために持つもので、食器自体に価値なんかないって、沙織さんが言ってるのを聞いたことあるぞ、俺」
どこまでも地に足が着き 現実的で、それゆえ身も蓋もない星矢の発言。
とはいえ、それは、確かに身も蓋もないことだが、一つの現実ではあった。
瞬が、紫龍より複雑な表情をして、話を本筋に戻す。

「犯人は、高価なものを欲しくて盗んだんじゃないと思う。盗まれたのは、お皿やカップじゃなくて、フォークとスプーンだけなんだ。食事が済んだあと、洗い場まで運んで、そこでフォークとスプーンが1本ずつ足りないことに気付いたって、メイドさんは言ってた。僕が使ったフォークとスプーンだけが、洗い場に運ぶ途中で盗まれたとしか思えないって」
「おまえが使ったもの……って、そんなの区別つかないだろ。フォークやスプーンに名札が貼ってあるわけじゃないんだし」
「それはそうなんだけど……」

瞬が言葉を淀ませる。
瞬には ちゃんと(?)、彼が そう判断するに至った論拠というものがあるらしい。
そして、瞬は、心の底から その推理の論拠となった その事実を口にしたくないようだった。
それでも、瞬が あえて口を開いたのは、自分に被害妄想・自意識過剰の気があると仲間たちに思われるのが嫌だから――ではなく、事実を言わずにいることで生じる被害が自分一人だけのことでは済まなくなる可能性を恐れたからだったのかもしれない。

「僕が使った食器が盗まれたのって、一度だけのことじゃないんだ。ちょっと前にも、カフェで、僕が使ってたストローとデザート用フォークが盗まれるって事件があって――」
「何だよ、それ」
場所が城戸邸内(いわゆる自宅内)なら、フォークやスプーンの1本や2本なくなっても“紛失”で片付けることができるが、外出先のカフェで起きた紛失は、へたをすると窃盗事件に出世(?)しかねない。
たとえカフェで失われたフォークが 城戸邸で消えた銀のフォークの20分の1の値段でも、より大きな問題になるのは、カフェでの食器紛失――盗難=窃盗――の方なのだ。






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