それから4、5日が経った頃。
その日も 朝早くからヴェロッキオの工房に押しかけていっていた俺は、シュンに尋ねてみたんだ。
「第一印象が最高で、その人が、会うたび ますます美しく見えるようになっていくのは どういうことなんだろうな。俺にも画家の持つ心の目とやらが備わってきたんだろうか」
と。
画家の目なんて大層なものが、半月や そこら、芸術家たちが群れている工房に通い詰めたくらいのことで養われると、本気で思っていたわけじゃないんだが。
フィレンツェは 町全体が芸術作品。
この町の中で、俺が その雰囲気に呑まれ、自分にも芸術を見る目が備わってきたという錯覚を覚えたとしても、それは さほど奇異なことじゃないだろう。
シュンの答えは、俺の錯覚を肯定するものでも否定するものでもなく――シュンは俺の予想とは全く違う答えを返してきた。
シュンは、
「それは、きっとヒョウガが その人に恋をしたからでしょう。どなたです。ヒョウガのように美しい男性に恋される栄誉と幸運を手に入れた幸福なひとは」
と、俺に訊いてきたんだ。

訊かれて、俺は呆然とした。
「ヒョウガ?」
急に黙り込んでしまった俺の顔を、シュンが心配そうに覗き込んでくる。
俺は少々 かすれた声で、俺から声と言葉を奪った衝撃の訳を シュンに告げた。
「俺は、おまえのことを言ったんだ」
と、正直に。

「えっ」
途端に、シュンが その頬を真っ赤に染める。
「いやだ。僕ったら、馬鹿なこと言って。すみません、今の、忘れて」
俺の凝視に耐えられなくなったのか、俺の前で そわそわした様子を隠せなくなったからなのか――シュンは俺にそう言うと、工房の真ん中に俺を残して、風のように どこかに駆けていってしまった。
「忘れてと言われても……。そうか……恋か」
常識的に見て、そんな考えるまでもないことに気付かずにいた俺がどうかしている。
俺の目はシュンばかりを見ていて――自分の心を見ている暇がなかった。

だから、気付いていなかったんだ。
ヴェロッキオの工房の作業場 兼 展示場で、ペルジーノやギルランダイオ、他にも何人か――俺とシュンのやりとりを、危険なものを見るような目で見詰めている男たちがいることに。






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