「瞬さんのおかげです」
歌声を取り戻したことを、アイドルがグラード財団総帥に報告したのは、多忙な彼女が帰宅した その夜10時過ぎ。
彼が城戸邸に身を寄せるようになってから、ちょうど2週間が過ぎた夜のことだった。
もしかすると 沙織は、アイドルの避難生活は年単位に及び、彼が歌を歌えるようになる前に 社会が彼の存在を忘れてしまうかもしれないという可能性をさえ考えていたのだったかもしれない。
アイドルの報告を聞くと、彼女は 急転直下のこの事態に心底から驚いたように、その瞳を大きく見開いた。
いつもの“すべてが私の計画通り”の表情は作らなかった。

「瞬、あなた、何をしたの。小宇宙を使った?」
「いえ。僕はただ、拓斗さんの歌う声が聞こえて――拓斗さんが歌えていないことは ちゃんとわかっていたのに、それでも拓斗さんの歌う声が聞こえたような気がして、それで、優しい声ですねって言っただけなんです」
「まあ! それで歌えるようになったの?」
経緯はどうであれ、これは実に喜ばしい事態、幸運な結末である。
もちろん、沙織は 喜んだ。
星矢も紫龍も 喜んでいた。
しかし、彼等は同時に、ひどく嫌な予感を感じてもいたのである。

アイドルが、瞬を見詰めていた。
まるで氷河のそれと見紛うように熱を帯びた瞳で。
そして、氷河は、そんなアイドルを睨んでいた。
これが本当に氷河のものなのかと疑いたくなるほど冷たい瞳で。
これで嵐が起きなかったなら 地球と自然の方が狂っていると思わざるを得ないほど、今の城戸邸内には危険な気流が渦巻いていたのである。






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