そうして辿り着いた、ドイツ北部レオブルク公国。
カイザー公爵の居城は、200年以上昔に建てられた、全く華美なところのない石造りの城塞だった。
質実剛健、頑固一徹な佇まいの城。
城がそうだから 城の主も質実剛健・頑固一徹なのか、城の主が質実剛健・頑固一徹だから 城の印象も そうなってしまうのか。
理屈としては前者なんだろうが、とにかく、レオブルク公国のカイザー公爵は 彼の居城にふさわしい面構えの男だった。

顔の造り自体は悪くない――頑固そうで 偉そうで 不機嫌そうで、少々濃すぎる きらいはあるにしても、そう悪くはない造りなんだが、なぜか対峙する者に 美しいと感じさせない男。
多分 まだ若いんだろうが、妙に老けているようにも見える。
俺がレオブルク公国公爵の居城の謁見の間で 拝謁の栄誉に浴したカイザー公爵は、見るからに扱いの難しそうな男だった。
そして、奴は、俺が化け猫退治に来たとは思っていないようだった。
俺は 謹厳実直使者殿の上司であるレオブルク公国 厚生大臣の案内で、カイザー公爵との謁見に臨んだからな。
カイザーは、自国の大臣が 自国の民の生活向上のために、自分と聖人の仲裁を 聖域のアテナに頼んだんだろうと考えているようだった。

「聖域から 親善のために来た。貴公は、大層 美しい猫を飼っていると聞いたんだが」
『麗しき ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極』なんて嘘もつけなかったから、俺は『ご機嫌いかが』も言わずに、俺の目的であるところの化け猫に言及した。
最愛の猫に興味を示す よそ者に、カイザーが胡散臭い者を見るような視線を向けてくる。
「あれは、少々 いたずらをしたので、今は お仕置きのために 牢の中に閉じ込めている。会っても無駄だ。ゴールディは俺以外の人間には牙を剥く。近付くのも危険だ」
魔性の化け猫とはいえ、たかが猫の牙が危険とは。
もしかしたら、これは公爵の 俺に対する牽制なのか?
公爵最愛の猫に興味を示す男への?
だとしたら、カイザーは、信じていた猫に浮気されて かなり疑い深くなっているようだな。
だが、そんなのは いらぬ心配だ。
俺は、猫になんか全く興味がない。

「わかっている。自慢じゃないが、俺は女には もてても、男に もてたことはない。貴公の化け――愛猫はオス猫なんだろう? 俺は そんなものに好かれる自信はない。だが、アテナが、レオブルク公国カイザー公爵のご自慢の猫が どれほど美しい猫なのか、報告を聞きたいと言っていたのでな」
「アテナが?」
カイザーがアテナに心酔しているというのは事実のようだった。
その名を出された途端、公爵の態度に『アテナの意に逆らうわけにはいかない』という気配が漂い始めたところを見ると。
「鉄格子を挟んで、姿を見るだけならでいいなら」
という条件つきで、公爵は 俺と化け猫の対面を許してくれた。
いかにも しぶしぶ、不本意の極みという顔で。

ここで 機嫌よく にこにこされても困るんだが、せめて無表情を装えないのか、この男は。
その時その時の感情が読みやすすぎて、こっちは かえって面食らうじゃないか。
仮にも一国を統治する人間が、こんなに自分の感情に正直でいいんだろうか。
まあ、俺には その方が都合がいいことはいいんだが。
カイザー公爵は、頑固で扱いにくいが、非常に わかりやすい男――と言っていいようだった。






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